第1章「陸橋で幽霊と出会う未来」

大学生活が始まって数日。桜井未来は、まだ慣れないキャンパスの広さに少し緊張しながら、通学路の陸橋を歩いていた。朝の冷たい風が顔に触れるたび、肩をすくめてカバンをぎゅっと抱える。


「今日も人、多いな…」


小声でつぶやきながら、未来は足早に歩く。陸橋は線路の上を跨ぐため、通学時間は学生でごった返していた。未来は周囲の喧騒に紛れながらも、なぜか視線が先にいるひとりの男子に吸い寄せられる。


その瞬間、未来の体が固まった。黒髪の端正な男子学生が、陸橋の真ん中に立ってこちらを見つめている。歩く人々の波の中でも、彼だけがまるで時が止まったかのように静かだった。


「え……誰……?」


小さな声が漏れる。男子学生は微動だにせず、ただ未来を見つめていた。目が合った瞬間、未来の胸にひんやりとした衝撃が走り、同時に不思議な温かさが混ざった。


――怖い…けど、変に落ち着く…


未来は後ろに一歩下がる。周囲は普通に歩き、誰も彼の存在に気づいていない。未来は息を整えながら、震える声でつぶやいた。


「…幽霊…?」


その言葉は、心の奥底から自然と出たものだった。男子学生は静かに微笑む。


「見えるんだね。」


低く、落ち着いた声。未来の背筋をまた一度冷たい風が走った。しかし、心の奥は奇妙に安心していた。恐怖と不思議さが入り混じった感覚に、未来は自分でも戸惑う。


「え…ええ…見えるっていうか…あなた…」


言葉が続かない。男子学生は首をかしげ、再び静かに答えた。


「遠山悠斗。事故で命を落とした。ここに残ってしまった。」


未来の脳が一瞬固まる。


――事故で…幽霊…本当に…?


「な、なんでここに…」未来は小さく息を吐く。


「君に会うためかな。」悠斗の声は静かだが、どこか柔らかい温度を帯びていた。未来は胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じた。恐怖は少しずつ消え、好奇心と戸惑いが入り混じる。


未来は家に帰る途中、何度も後ろを振り返った。陸橋には、もう悠斗の姿はなかった。しかし、胸の奥に彼の気配が残っている。


家に着いた未来は机に向かい、手帳を開いた。


「幽霊と…話したの…?」


文字を書く手が自然に震える。文字の端々に、まだ理解できない気持ち――怖い、楽しい、寂しい、暖かい――が混ざる。


「でも…明日も、陸橋に行くかも…」


未来は小さく笑った。未知の存在に出会った興奮よりも、どこか懐かしい安心感が心に広がる。


その夜、未来は夢の中で再び陸橋に立つ悠斗に会った。二人きり。悠斗は微笑みながら未来に向かって手を差し伸べる。


「また会えるかな、未来。」


未来も夢の中で微笑み返した。心の奥底で確かに感じた。


――会える。絶対に。


未来の目は覚めても、その笑顔を忘れられなかった。そして、心のどこかで決めていた。


――明日も、陸橋に行く。

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