第1章 : 夢の中の死

冬の夜、紗也の部屋には冷たい風が吹き込んでいた。窓の外をかすかに通り過ぎる木々のざわめきに、彼女の胸は微かにざわめく。布団にくるまっても、心は落ち着かず、まるで何かが迫ってくる気配を感じていた。


瞼を閉じた瞬間、景色が歪むように変わり、耳元で陽翔の声が響く。

「紗也、危ない――!」


その声は鮮明で、心に突き刺さるようだった。紗也は目の奥が熱くなるのを感じた。夢だと分かっていても、心は逃げ場を失っていた。

視界に映るのは、まぶしい赤い光と轟音。夕日に反射してきらめく車のヘッドライト、きしむタイヤの音、金属が擦れる嫌な摩擦音。陽翔が道路の真ん中で立ちすくみ、振り向いた瞬間、風のように光が飛び交った。


「やめて…!」


紗也は叫んだ。体は動かず、声だけが夜に消える。胸の奥が締め付けられ、呼吸がうまくできない。まるで心臓そのものが光景に捕らわれているかのようだった。涙が頬を伝い、布団を濡らす。


夢の中で、陽翔の顔はいつもより切なげで、しかし微笑んでいる。紗也はその笑顔を目に焼き付けようとするが、まばゆい光がすべてを覆い、何もかもが壊れそうだった。胸の奥にあふれる感情は、恐怖と切なさ、そして抗えない焦燥感が混ざり合う。


夢の中でふと、幼い日の記憶がよみがえる。小学校の頃、雨の日に二人で傘を差して歩いたとき、陽翔が笑いながら「紗也、風邪ひかないでね」と手を握ってくれた感触。あの温かさが、今は手の届かない遠い記憶のように胸を締めつけた。


目を覚ましたとき、紗也は布団の中で全身が汗でべたついているのを感じた。夜明け前の薄暗い部屋の中で、胸はまだ乱れ、鼓動は耳に響く。夢だったはずなのに、現実の心臓より痛く感じた。


紗也は無意識に机の上にある小さな懐中時計を握りしめた。陽翔から誕生日に貰ったものだ。普段はただの装飾品でしかない。しかし今、手のひらに伝わる冷たさが、なぜか希望のように感じられた。時計の針が微かに震え、光を反射するその一瞬、紗也は息を呑む。


「陽翔…もし、本当に…」


胸の奥で、恐怖と希望が混ざり合い、紗也の決意は強まった。陽翔を守りたい、二度と笑顔を失わせたくない。その感情は、切なさを超え、燃えるような決意へと変わっていった。


学校に行く朝、紗也は無意識に陽翔を探していた。廊下で笑い声を聞くたび、胸が高鳴る。隣に座るだけで息が詰まるほどだ。しかし昨日の夢の恐怖が頭を離れない。もしあの夢が現実になるなら――その想像だけで、体が震える。


昼休み、陽翔が友達と談笑しながら歩いてくる。紗也は机の下で手を握り、呼吸を整える。目が合うたび、胸の奥で鐘が鳴るようだ。


「紗也、どうしたの?」


陽翔が気づき、笑顔を向ける。紗也はぎこちなく微笑むしかなかった。


「え…あ、うん…なんでもないよ」


言葉は軽くても、心の奥は嵐だ。夢で見た事故の恐怖が、まだ胸に張り付いている。


放課後、紗也は勇気を振り絞り話しかけようとする。夕日が窓から差し込み、教室はオレンジ色に染まる。陽翔の笑顔を見つめるだけで、胸の鼓動は止まりそうになる。


夜、家に帰ると、紗也は再び時計を手に取り、そっと触れた。手のひらに伝わる冷たさが、胸の奥に強い決意を刻む。もし夢が現実になるなら、絶対に回避する方法を見つける――。


その瞬間、針が微かに揺れたように見えた。紗也は息を呑み、時計を見つめる。希望と恐怖が胸の中で交錯する。しかし、決意は揺るがない。陽翔を守るためなら、何度でも立ち向かう――。


そして、その夜、紗也は眠りにつく。次に目を覚ましたとき、運命は動き始める――。

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