Unleash Lab〜原因不明の不調を診断します〜 4.怒りとプライド

八尾 遥

プロローグ


「……なっ、俺ってすごくない?」


辺りはガヤガヤと騒がしい。揚げ物とアルコールの匂いが充満しているお店で、大声で自慢話をしているのは桐山元気(32歳)。今日は会社の同期会で、各地から集まった同期たちが思い思いに話していた。


「小林、ねぇ、聞いてるか?」


「はいはい、すごいすごい、ちゃんと聞いてますよー。」


莉菜は、どこか馬鹿にした感じで適当に返事を返す。


「ふんっ、お前さ、最近調子がいいみたいじゃない。何かいいことでもあったのか?」


お酒臭い息で顔を近づけられ、思わずため息が漏れる。


「体調が良くなっただけだよ。」


「体調? はははっ、お前ももう30過ぎだもんなー、身体にガタが来始めたのか?」


この人はいつもこんな感じだ。偉そうにしているけれど薄っぺらい。

容量がいい人は無難に付き合って、飲み会では決して側に寄ってこない。


「あのねー、私まだ29よ。まぁ、あと数日だけど…」

つい見栄を張ってしまった。


「あー、そうだっけ、そっか、俺浪人してたんだったわ。」


桐山の鉄板自虐ネタなのか、いつも同じことを言ってくる。どう返せばいいのかわからないし、相手にするのも少し疲れた。

席を移動しようと、ビールグラスを手に立ち上がろうとした。


パシッ――


と手を掴まれた。


その目はさっきまでと違って真面目だった。

どこか必死さを含んでいるようにも見える。


「なぁ、マジな話、何があったんだ。小林が別人になったみたいに仕事ができるって、俺の部署まで噂が流れてきてるんだよ。」


全く、勝手な噂を流さないでほしい…。


「本当に体調が良くなっただけなのよ。病院に通って、解決してもらったの。」


「解決?

病院で解決って、日本語がおかしくないか?」


こういうところは勘が鋭くて、ホントめんどくさい…。


ため息をつき、辺りをキョロキョロと見回す。

桐山のおかげで、私たちの周りには誰もいない。

会話に耳を立てている人もいないようだ。


「病院で診てもらったっていうのは本当。

ねぇ、桐山は何をそんなに聞きたいの?」


私は正直、これ以上彼に踏み込んでほしくないと思った。

これ以上聞かないでという意味も込めて、強めに言い放つ。


「俺も…。」

さっきまでの声量が考えられないくらい、小さく弱々しい声で桐山は言った。


「俺も変わりたいと思ったんだ…。

わかっているんだよ、周りが俺のことをどう思ってるのか…。

それでも必死に自分のことを、できる人間だと思わせたいんだ。

ちっぽけなプライドを、守りたいんだよ。

それが空回りして、馬鹿にされている。そう思うんだ。」


(おっ、こんなんでもちゃんと自分のことがわかってるんだな…)


「私に最近起こったことを話したくない。

絶対に桐山に信じてもらえないし、

それどころか、私が馬鹿にされると思う。」


「馬鹿にしないよ。」


少し間を置いて、桐山の声がさらに小さく、必死に続いた。


「頼む、教えてくれ。」


そう言って、彼は私に頭を下げた。


その必死さが伝わってくる。

お酒の力もあり、つい自分の体調不良が霊に取り憑かれたせいだったこと、そしてカウンセリングで成仏させてもらったことを話してしまった。


(もちろん、ストーカーで警察に捕まったことは言わずに――)


「はっ?

お前も俺のことを馬鹿にするのか?」

そう言って桐山は怒気を含んだ大声を出し、立ち上がった。


怒りで強く握った拳が震えている。

お店中に響いたその声に、全員が一斉にこちらを向き、音が止んだ。


ハッとなった彼は、ドスンと座った。

ヒソヒソ声が小さな波のように店内に広がっていく。


「言ったわよね。」

私は、そう静かに言った。


「俺は真剣だったんだぞ。

それなのにお前が…。」


「私も桐山の気持ちを受け取って、真実を伝えた。

それを信じるか信じないかは、あなたが考えればいい。

別に信じてほしいわけじゃないから。」


私はその場にいるのが嫌になり、皆んなに先に帰ることを告げると店を後にした。


それからすぐ、桐山に話があると呼び出された。


重い足取りでお店へ向かう。

最後に会った日から、まだ3日しか経っていない…。

桐山は飲み過ぎて、あの時の記憶をなくしているのだろうか…。


お店に着くと、一人でビールを飲んでいる彼を見つけた。

その表情は、アルコールを飲んでいるとは思えないほど険しいものだった。


私が席につくと、彼は「ごめん」と頭を下げ、そのままの姿勢で固まった。



「あれから、小林が話してくれたことをずっと考えているんだ。

あの時のお前は、俺にちゃんと向き合って、真剣な顔で話を聞いてくれていた。


話の内容も、実際に身に起こったことなんだよな。

それに、こうして目の前にいる小林が、まるで別人みたいに変わっている。

それは、紛れもない事実だ。」


一度言葉を切り、桐山は私をまっすぐ見た。


「小林。

俺も本当に変わりたいんだ。

だから、お前が通っていた病院を教えてくれないか。」


ここに来るまでに、「もしかしたら…」と思わなくもなかった。

嫌な予感は、見事に的中してしまった。


でも、あのクリニックの先生たちは、どんなに面倒くさい人でも真摯に向き合い、助けたいと思って動いてしまうのだろう…。


(御門先生、花村先生、ごめんなさい。)


今度一緒に病院に行くことになった嫌な患者を前に、心の中で二人に謝った。


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