君たちがいた夏、心霊アルバイト外伝

稲富良次

第1話 どうしてこうなったかというと

 魔法陣の光が、急に色を変えた。


 白でも青でもない。

 黄ばんだ、病的な光だ。


 善之は反射的に顔を上げた。


 ――来た。


 摩耶観光ホテルの上空、夜雲を押し分けるように、

巨大な葉巻型の物体が現れた。


 鈍い黄色。

 金属なのに、どこか有機的で、脈打つような陰影。


「……UFO」


 直子の声が、震えを含んで漏れた。


 次の瞬間。


 下からではない。上からだ。


 空気そのものが引き伸ばされ、

善之の体が、ぐっと持ち上げられた。


「っ――!」


 足が地面から離れる。


 抵抗できない。

 力ではなく、意思そのものを引き抜かれる感覚。


「善之!」


 小雪が腕を掴むが、

その手が、ずるりと滑った。


 世界が回転する。


 視界が黄色に染まる。



 次に気づいたとき、

善之は“中”にいた。


 天井も床も分からない。

 全方向が、薄く発光する有機金属。


 重力はあるが、方向が曖昧だ。


「……ここは……」


 言葉が、妙に遅れて響く。


 正面に、影が現れた。


 人型ではない。

 だが、人を真似ている。


 頭部は異様に大きく、

目にあたる部分が、幾何学模様のように分割されている。


 視線が合った瞬間、脳の奥が疼いた。


《アダプト、開始》


 声ではない。

 思考に直接、流し込まれる。


 善之の体が固定される。

 透明な膜が、四肢を拘束した。


 ――逃げろ。


 そう思った瞬間、

記憶が勝手に開かれた。



 幼い頃の京都・亀岡。


 祖母の家。

 縁側。

 四人の笑い声。


 モノポリーの紙幣を配る直子。

 真剣な顔で計算する小雪。

 ズルを見逃さない珠緒。

 黙って場をひっくり返す恵子。


 あの時間。


 あの、どうでもよくて、取り返しのつかない日々。


《不要な情動》


 影が、善之の頭部に触れる。


 頭蓋の内側を、直接撫でられる感覚。


《再構築》


 視界が白く弾けた。



 次のビジョン。


 自分が、“何か”になっている。


 感情は薄れ、

 判断は速く、

 迷いは存在しない。


 人間だったことは、

 “かつての仕様”として整理されている。


 それが、ひどく自然に思える。


《良好》


《適応率、高》


 影が満足したように、僅かに揺れた。


 ――嫌だ。


 その思いすら、薄れ始めた瞬間。


「――やめろおおおお!!」


 衝撃。


 船体が、内側から揺れた。



 壁が裂ける。


 吹き荒れる冷気。


 雪。


 小雪だ。


 白い息と共に、

氷の刃が、影を貫いた。


「勝手に、連れていくな」


 次いで、火花。


 直子の爪が、金属を引き裂く。


「友達なんだよ!」


 空間が歪む。


 狐火が踊り、

珠緒の結界が、内部構造を上書きする。


「“数”を間違えたわね」


 最後に、

床が砕けた。


 蜘蛛の脚。


 恵子が、天井に張り付きながら叫ぶ。


「善之! 戻るよ!!」


 拘束が、解けた。


 善之の体が、落下する。


 恵子が、空中で受け止めた。


「――生きてる!」


「……ごめん……」


 善之の意識が、揺れる。


「謝るな!」


 直子が叫ぶ。


「まだ終わってない!」



 宇宙人――いや、異界の存在が、姿を変えた。


 一体ではない。

 複数。


 船そのものが、敵だ。


《排除》


 重力が反転する。


 四人の体が、壁に叩きつけられそうになる。


 だが。


 小雪が、両手を広げた。


「――凍れ」


 空間が、停止した。


 結晶化する重力。


 直子が跳ぶ。


 珠緒が術式を叩き込む。


 恵子が、核を噛み砕く。


 黄色い光が、悲鳴を上げた。



 次の瞬間。


 全員、地面に投げ出されていた。


 摩耶観光ホテルの中庭。


 夜明け前。


 UFOは、上空で歪み、

音もなく消失する。


 静寂。


 ただ、風の音。


 善之は、息を整えながら、空を見た。


「……戻れた……?」


「うん」


 直子が笑う。

 少し、泣きそうな顔で。


「まだ、人間」


 小雪が頷く。


 珠緒が、善之の額に触れる。

「……痕跡は残ってるけど、致命的じゃない」


 恵子が、腕を組む。

「次は、もっと慎重に行こう」


 善之は、震える手を握りしめた。


 選ばれる側に、なりかけた。


 だが。


 ここに、戻ってきた。


 夜が、明ける。


 掬星台の方向が、淡く染まり始めていた。


 これで終わりではない。


 だが――

 まだ、選べる。


 善之は、そう確信していた。



この先、

どうして、こうなったかというと、、、

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