第19話

「迎撃用意ッ! 取り舵十五度! 魔導弓兵隊、撃ちー方始めッ!」

 艦長の怒号が響き渡るやいなや、旗艦『グラン・レガリア』を含む四隻の飛空艇の舷側から、無数の魔導の光が放たれました。

 前方から押し寄せるのは、およそ300体の魔物の群れ。

 凍てつくような鱗を持つワイバーン型*フルム・ノルニルと、鋼鉄の羽を散らす鳥型ガンド・スヴィップが、空を黒く染めて肉薄します。

 しかし、その群れが船体に近づく事はありませんでした。

「あはは、すごーい!魔導弓って、ああやって狙うんだ。じゃあ、あたしも……」

 アルベローゼが鼻歌混じりに、背負っていた世界長老樹の弓を構えました。

 彼女が空中に指を走らせると、そこには飛空艇の術師たちが数人がかりで描くものより、遥かに緻密で美しい「高度な古代魔導エルフ文字」が、瞬きする間もなく書き込まれていきます。

「えーーい!」

 放たれたのは、もはや矢というよりは「光の奔流」でした。

 その誘導弾は、物理法則を無視した急旋回で敵の急所を正確に捉え、次々と魔物を塵へと変えていきます。

「え? なに驚いてんのよ。あたし、フツーに古代魔導エルフ文字くらい使えるよ?」

 アルベローゼは平然と言ってのけ、さらに速度を上げます。

 あまりの連射性能と火力に、艦橋の魔導士たちは自分たちの出番を失い、ただ口を動かすのを忘れて見守るしかありませんでした。

 その背後では、ライナスが福音の灯火を掲げ、連射は出来ていませんが、聖属性の魔力をレーザーにして撃ち込みます。

 エリカも聖遺杖アステリアを介して、魔力をアルベローゼへと流し込んでいました。

 結果、敵の9割はアルベローゼの魔導矢によって消滅。

 残りの1割もライナスの魔法の狙撃で霧散し、魔物は船に近づくことすら叶いません。

「……なぁ、ディオン」

 甲板で武器を抜き、今か今かと待ち構えていたバハルが、戦士の手袋をはめた手で空を指差しました。

「俺たち、今日ここに立っていた意味あったか?」

「……いや、僕も剣を抜くタイミングすら掴めなかったよ」

 ディオンは獅子紋様のマントを翻し、一度も汚れなかった剣を鞘に収め、苦笑いするしかありませんでした。

 男二人が一歩も動くことなく、空の脅威は完全に排除されたのです。

「この誘導矢、楽しそうだから彼らの真似してみたけど、たのしーねぇ! 魔導弓ってズルいと思ってたけど、面白いじゃん!」

 満足げに弓を収めたアルベローゼは、手近な椅子に座り込んで足を組みました。

「さて、喉乾いちゃった! 敵も来ないし、ライナス、さっきのいいお茶早く淹れてよ。バハル、あんたはお菓子。探すの!」


 飛空艇団の乗組員たちは、呆然としながらも「……これが、英雄の力か」と戦慄していました。

 静寂を取り戻した空の下、『グラン・レガリア』は一路、蒼海連邦『マリノ・ガルド』の港へと向かいます。

 数日後、船の窓から見えてきたのは、太陽の光を跳ね返すクリスタルブルーの海と、白亜の港町でした。

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