第14話

 軟禁という名の贅沢な8日間。


 宿の食堂では、連日のようにエリカによる熱血指導が行われていました。

「バハルさん、いいですか? 私が王都にいた頃、この魔力結晶は金貨5枚でした。それが4つなら……?」

「……おう、ええと……とりあえず、一晩中飲めるくらいの額か?」

「違います! 金貨20枚です! もう、飲み代に換算しないでください!」

 エリカが呆れ顔で教える隣で、ライナスは静かに古書をめくっています。

 ランプの光がその銀髪をなぞり、冷徹なまでに整った横顔が露わになるたび、遠巻きに眺めていた若い給仕や令嬢たちから「……っ、素敵」と溜息が漏れました。

 エリカはそれに気づき、なぜか胸の奥がチリリと痛みます。

(ライナスさんは、昔からこうだった。母上たちから学んだ知識を共有できる唯一の人。その知的な眼差しに、幼馴染の私でも息が詰まりそうになるのは……きっと、この人があまりに綺麗すぎるから。……そう、ただそれだけのはず)


 ある午後、噴水広場で休憩していた二人の前に、エリカをかつて必死に引き留めた魔導師団の元同僚たちが現れました。

「エリカ! 戻る気になった? ……それとも、その隣にいる貴公子が理由で村に帰ったのかしら?」

 冷やかし半分に声をかけたエリート魔導師たちでしたが、ライナスが本から顔を上げ、微笑みながら優雅に一礼した瞬間、彼女たちの時は止まりました。

「彼女は僕たちにとって、代えのきかない大切な仲間なんだ。どうか、魔法師団に連れて行くのを許してほしい」

 ただの信頼を口にしただけのライナスの微笑みに、王都最高峰の才女たちは顔を真っ赤にして絶句しました。

 彼女たちは完全に恋に落ち、言葉一つ発する事ができぬまま、夢見心地でふらふらと去るしかありませんでした。

 それを見送るエリカは、顔を赤らめて俯くばかりです。

(……あれじゃ、まるで私がこの人にとって、本当に特別な存在みたいじゃない。……心臓がうるさすぎるわ)


 一方、竜の目抜き通りでは、アルベローゼに連れ回されるディオンが、令嬢たちの熱い視線に晒されていました。

「あ、あの! もしよろしければ、我が公爵邸の茶会にいらしてはくださいませんか?」

 高級パイの店の前で呼び止められたディオンは、両手に抱えた大量のお菓子を見せて、困ったように眉を下げて笑いました。

「すみません、今はその、手が塞がっていて。夕食の時間までに戻らなきゃいけないので」

 その無自覚な笑顔に、令嬢たちは悲鳴にも似た溜息を漏らします。

 

 それを見たアルベローゼは、独占欲を隠そうともせず、ディオンの太い腕をがしっと掴みました。

「 さっきさぁ、鼻の下伸びてなかった?」

アルベローゼは、わざとディオンの腕を自分の柔らかな胸に押し当てるようにして、下から覗き込みました。

「っ!? ……ア、アル! 近いよ、離してくれ!」 一瞬で顔を真っ赤にして狼狽えるディオン。アルベローゼは、彼の腕を通して伝わる激しい鼓動を感じながら、火照った顔を隠すように彼を引っ張っていくのでした。


 残光の境界(18時)の鐘と共に宿に戻り、贅沢な夕食を終えた後。

 テラスで木剣を振るうディオンの背中は、旅の間の実戦経験を経て、さらに父ガリアスの剛健さを受け継いでいるようでした。

 アルベローゼは窓辺で、月光に透けるディオンの横顔をじっと見つめていました。

(あたしだけが知ってるのよ。あなたがどれほど綺麗で、どれほど真っ直ぐか。)

 エリカもまた、隣の部屋で昼間のライナスの言葉を思い出しては悶々としていました。

(ライナスさんは、私に何を期待しているんだろう。私はただ、この人の仲間の1人。……何かが、この胸の中に溜まっていくみたいで、怖いな)


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