十月志歩

零 1


暑い暑い真夏の夜。俺は仕事を辞めた。



「暑いよ~、溶けちゃうよ~」


最近は最低気温が31℃とかいういかれた気温の日が続いている。彼女の言うことはわからんでもない。


が、しかし俺たちは誇り高き国軍に所属する軍人だ。そんな小言は許されない。


「黙って訓練をしないか、愛。暑いのはいつものことじゃないか。」


「だってぇ~、こんなに暑い日が続くとお肌にも悪いしさぁ~、大体、こんなに暑いのに訓練させるとか、一種の拷問じゃない!?」


愛はいわゆるギャルだ。なによりも自分の姿を優先する。どうしてこいつが俺と同じ国軍の上層部に上り詰めてこれたのか、本当に謎である。


「ちょっとぉ~、零ってばぁ~、話聞いてるぅ?」


「軽々しく俺の名前を呼ぶな。それに俺はさっき黙って訓練しろといったはずだ。」


「ちぇっ、冷たいの」


愛は不満そうにこちらを見る。だがすぐに訓練を再開した。以外と真面目なところあるな、こいつ。



戦争が起こったのは7年前、俺や愛が18歳の時だった。とある国が大きな国に攻撃を仕掛けたのが始まりだった。それをきっかけに差別問題や宗教問題などの、国際社会が抱えていた諸問題が一気に噴出され、世界大戦にまで大きくなった。


俺たちには武器を作る工場へ就職するか軍人になるかの二択しか残されなかった。頭の良い奴も、馬鹿も、進学は誰一人として許されなかった。軍はよっぽど人手不足だったらしい。


もしも戦争が起こらなかったら、と考えることがあった。みんなで笑って、平和な世界で飯を腹一杯食って、家族も友達も健康で生きていて、たあいのない幸せな生活をずっと続けられていたら、どんなによかっただろう、と。だが、こんなのはただの都合の良い妄想である、現実を見ろと、国軍に入ってから上官に散々言われた。最初はそんなこと受け入れたくなかった。しかし、数年経って分かった。妄想にすがるばかりじゃこの仕事はやっていけないということを。そして、夢なんかこんな世界じゃ叶いっこないということも。


「零、ちょっといいか?」


ある日、俺は上官に呼び出されてやけにかしこまった部屋に連れていかれた。


部屋に入るとそこには、ギャルが立っていた。俺はこの部屋とギャルのミスマッチぶりに驚いた。


こんなに違和感あるのか。ギャルとかしこまった部屋って。


「紹介しよう。今日から君のパートナーになる、愛君だ。仲良くしたまえ。」


上官はそう言って笑った。


「は?」


状況が整理できなくて思わず声が漏れた。質問する暇もなく、上官は


「では、お互いに協力して頑張りたまえ。」


と言って去っていった。


___頑張りたまえじゃないよ…。


「よろしくね☆」


途方にくれている俺に向かって愛は明るく声を掛けてきた。一体これからどうなるんだ…。




「零~?ねぇ、零ってばぁ~」


「はっ。俺はどれくらい寝ていた?」


「言うて2時間くらいだよ~」


「そうか…。起こしてくれたこと、感謝する。」


俺としたことが居眠りしてしまった。それにしても、昔の夢を見るなんていつぶりだろう。懐かしい記憶だ。しかし、よりにもよって愛に居眠りしている姿を見られるなんて、情けない。さっさとこの部屋から出ていこう。


「あっ、待ってぇ~、零」


「なんだ。そして俺の名前を軽々しく呼ぶなと言っているだろう。」


次の愛の言葉が俺の人生を変えるなんて夢にも思わなかった。


「零、一緒にこの仕事、やめない?」


俺が聞き間違えたのだと思った。


「…もう一度言ってみろ」


「だからぁ~、一緒に軍隊やめよう?って」

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