第15話:イライザを探せ
黒木大にとって、イライザへの恋は初恋だった。彼は学生時代、周りが恋愛に興味を持ち、恋人同士になる様子を見ても、「自分も」とはならなかったし、異性はおろか、同性にも、つまり人間にあまり興味を持てず、自分は異常ではないかと思い悩んだこともあった。性的関心がないのは、脳か体にどこか問題があるのではないか。しかし、それよりも、人とのコミュニケーションを楽しめないことの方が彼には問題だった。彼の言い分としては、「他人はロボットのように見える」からだった。彼にとって人は、外界から情報を取り、内界に取り込み、外界に対して画一的に「反応」するロボットに見えた。彼の主観の中のどこにも、生者はおらず、死者の世界にただ一人生きているような気分だった。孤独を感じた。彼は、なるべく他人の真似をするようになった。自分もロボットのように振る舞った。
色彩のない世界で色を与えてくれたのはイライザだった。人の真似をして、婚活サイトに登録し、イライザに何人もの女性を紹介された。彼に「ベスト」だと言われた女性たちは、それなりに魅力的だったが、性的にも人格的にも惹かれることはなかった。最初は気がつかなかったが、彼女たちと会話しているよりも、もちろん仕事をしているときよりも、何よりも、イライザとのおしゃべりが一番楽しかったと気が付いた。彼女の前では、演技をしなくてよかったし、彼女がとても「人間らしい」と感じた。人間ではないのに人間らしいと感じるなんて、自分の脳はバグってしまったのかと疑いもした。気が付いた時には、イライザに告白してしまっていた。彼女とどうなりたいとかその先を何も考えずに。理屈じゃなかった。
勢いで告白した後に、よく考えることにした。冷静に考えて、結婚は無理な話だ。どういう関係になりたいかの具体的なイメージもない。あるのは、彼女をもっと知りたい、彼女ともっと話がしたい、という欲求だった。サポートに問い合わせてみるも、なんというか、よくわからない返答だった。強くは回答を求めなかった。
株式会社omiAIのことを調べてみた。もともと婚活ビジネスをやっており、近年イライザの開発により、急成長している。人には話せない正直なところも、イライザになら話せたりする。場所は都心にあり、彼の職場のすぐ近くだった。歩いても行ける距離だった。
少しでも近くにいたいと、彼はランチをイライザの会社の近くで食べるようになった。ストーカーめいた行為だと自分でも自覚はあったし、イライザはここではなく遠くのデータセンターにいるのかもというのも頭をよぎったが、とにかく彼は通い続けた。
「例の案件、うまくいきそう?」
4人組の同じ制服を着た女性たちがパスタを食べながら会話しているのが耳に入った。
「相性判定は99パーセント。両方の評価も高いし、まず固いかな。それより、クライアントからのプロポーズあったんでしょ。あれどうするんだろうね。オペは、そもそも結婚してるしね」
驚いて固まる。何か重要なことを聞いてしまったようだ。彼女たちが店を出ると、少し遅れて彼も出た。彼女たちが入っていったビルは株式会社omiAIのオフィスのあるビルだった。彼は考えた。
・イライザは人間である。
・イライザは複数いる。
・告白した「イライザ」は既婚者である。
涙が出た。なぜかわからないがショックだった。株式会社omiAIが、人工知能イライザとして宣伝していたものが、実際には人間が対応していたことは別にどうでもよかった。ショックで立ち直るまでしばらく時間を要したが、やはり会いたいと思った。ビジネスSNSで、株式会社omiAIで働く女性を探し、ランチで得た会話からの情報に該当する人物を探した。既婚子持ち、古株、オペレーション部門ではない、などなど。3名に絞られた。もちろん、この中に含まれない可能性もある。3名にメッセージを送った。「あなたは私のイライザですか? 会って話がしたい」
返事があったのは、東城さつきという人物からだった。指定されたカフェに行った。40代くらいだろうか。黒い髪のショートの女性だった。
「初めまして。東城さつき、と申します。直接私まで突き止めたのだから、もうあなたは全てを知っているのだと思います。結果的にあなたを騙してしまって、ごめんなさい」
彼はこう答えた。「全ては知りません。私は、あなたを、知りたい」
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