インドの歴史:AI年代記
@chan_ike_5000
第1話:あるSNSの死
僕の友人に海外就職をした男がいる。
彼は文系で、文系と言っても哲学科で、哲学科と言っても論理学を学んでいて、論理学と言っても三段論法とかではなくて、もちろんアリストテレスのことは知っているけれども、「すべての人間は死ぬ。アリストテレスは人間である。よってアリストテレスは死ぬ」みたいな感じではなくて、命題と論理記号だけで演算の系ができるとか言っていて、ちらっとテキストを読ませてもらったが、ほとんどそれは記号のお遊びで、数学と言ってよかったし、なんと言うか、文系の極地であるところの哲学科が穴を掘っていたら、理系の極地であるところの数学科が穴を掘っていた人と地球の中心で開通したみたいなそういう感じと言ったらほらすでにきみはもう分からないだろう。僕にもわからない。
合コンで帰りたくなったとき彼は空気が読めない人を装って、論理学の話をし始める。「ねえ、1足す1ってなんで2になるんだろうって小学校のころ考えなかった?」という話の誘い方は、異性へのセックスアピールが皆無であり、ああもう彼は帰りたいんだなと僕は彼の空気を察知する。
僕の知る限り、彼が大学時代唯一付き合った女性はその彼なりのセクシーな話題にただ一人食いついた人類だった。その彼女に理由を聞いたところ「だって不思議じゃない?」とさ。自分が今もっとも興味のあることに対して関心をもってくれる女性と出会えただけで彼は幸せな男だと思う。
彼、彼と言っているが、そろそろ彼に名前をつけよう。彼は周囲から「インド」と呼ばれていた。なぜか。インドに留学していたからだ。「なぜインドなのか」という問いに「だって、ゼロはインド原産だからね」ときた。彼女の名前はあとにしよう。このあとでまた出てくると思うからまたそのときにでも。
インドの話を続ける。インドが論理学の次に興味を持ったのはコンピューターサイエンスだった。コンピューターサイエンスを学び、世界的な検索大手のG社に就職した。インド人の友人に社員がいて、その紹介だったらしい。ややこしくてすまない。卒業したあとも僕とインドはネットではつながっていて、インドは英語のブログ記事を書いていて、内容は全くわからなかったが、生存確認ができて安心していた。論文の引用をしていたりするのを見て、すごいなあと思った。陰ながら応援していたが、すこし嫉妬もあると思う。
一方の僕は、国内でかつて一世を風靡していたSNSの企画職としてM社で働く。就職するときに、自分は何に関心があるのだろうかと考えた。自分はコミュニケーションに関心がある。当時ネットが盛んになってきた頃で、ネット企業も盛り上がりを見せていたため、また自分もネットが好きだったことから、ネット上のコミュニケーションを生業としている会社で働いてみたいと漠然と思った。学生の思い込みと行き当たりばったりさは怖い物で、自分が当時使っていたSNSのサイトすべての選考を受け、なぜかM社に内定をいただいた。
人々のコミュニケーションを活発化しようと若い頃の僕は希望に満ちていたが、入社した当時からすでにSNSとしては、下降気味であった。というのも別のSNSが盛り上がりを見せ、それにつれて自社のサイトの利用度が下がっていった。M社のサイトの日記投稿頻度も数値として下がり、日記へのコメントも同じく下がっていく一方だった。どんどん人々に利用されないサイトになりつつあった。かつて日常的に利用していた身としては何だか寂しく感じていた。
僕は仕事として「どうしたらもっとユーザーに日記を書いてもらえるか、どうしたらコメントが盛り上がるか。そのためにどんなことをしたらよいか」ということを考えていた。しかし、会社の経営層からすれば、どれだけ儲けを維持できるかが重要だった。これまでの広告モデルでは、ログインの多さやページ遷移など、サイトを利用すればするほど広告が表示され、広告収入が「ちゃりんちゃりん」していたわけで、経営上必要なのはコミュニケーションの活性化ではなく、ページビューの活性化なのだった。だから通る企画はログイン回数とログイン時間の増強であった。
そのため、会社で注力されたのはゲームだった。RPGのようなストーリーのあるものではなく、毎日ログインするとボーナスがあったり、友人間でボタンを押し合うとそれぞれメリットがあるような、ソーシャルゲームだった。流行の要素を取り入れたボーリングゲームが奇跡的なヒットをして我が社の株は持ち直した。
僕は華々しいゲーム担当者からすこし離れた場所に席を構え、ほそぼそと仕事をする。社内では目立たない存在だ。デザイナーさんと日記を書きやすくなるようレイアウトを変えたり(プレビュー画面がすぐに見れるように画面遷移を工夫するとか)、そうした地味な仕事をやっている。だれも気がつかないけれどよりよいサービスにしたいと思って仕事をしていた。ゲームでお祭り騒ぎの社内をよそに、すこしだけ会社に対して疑問を感じていた。
そんなとき、つまり入社数年で、希望が失望に変わり、仕事がマンネリ化してきたころだった。インドの書いたある記事を見つけたのは。
インドの専門は、機械学習というものだった。何度読んでも分からなかったので勘弁してほしいが、簡単に言えばAIだ。なにやら最近のコンピューター界隈で流行っているらしい。
サンプルデータから学習して新しいデータを生成する。そういうもののツールをインドは公開していた。一からすべて作ったわけではない。公開されているものを利用して作ったようだ。
社内にはデザイナーやプログラマーなどがいて、彼らと話すために多少は技術の勉強をしていたし、誰にも言ってないがアダルトサイトの収集を自動化するレベルまでは趣味でやっていた。インドのツールを試したいと思ったので、会社から帰って家で内職をした。やってみると結構面白く感じ、自分は企画職など実は向いていないんではないかと思ってしまったりするし、エンジニアになった方がいいのか、いや、でも趣味でやっているから楽しいんだろうなとも思う。
インドツールをM社のSNSの自分のアカウントと連携させた。いくつか条件を設けた。ひとつ、日記の投稿は1日に1回を限度とする。また時間帯は深夜とする。ひとつ、日記にコメントがあれば返す。ただし、コメントのやりとりの上限は10回までとする。などなど。リソースについては、クラウドとした。社員特典で、M社の社員は、クラウドのコンピューターリソースを個人的に使用してよい割り当てがある。
社員食堂でランチを食べているときに、最初の投稿を確認したときは、スマートフォンを落としそうになった。「何、にやついてるんだ? 女か?」と同僚につっこまれた。最初の投稿は深夜の「明日会社いきたくない」というつぶやきだった。これは僕が何度もするつぶやきで、ハートのマークが何個か付いていた。友人が「自分も会社に行きたくない」と共感したりしたのだろう。その投稿がよいと思ったりとにかくポジティブな印象をもったら押すボタンがあるのだ。若干の承認欲求を満たすためのボタンだ。
その日はうれしくて午後の仕事が大変捗ったし、同僚たちにもとても愛想良くできた。数日すると「今日は20分走りました。腰が痛いです」というつぶやきが生成されていた。これまたハートがちらほらつく。「お大事に」など心配してくれるコメントをいただくのだが、僕はもちろん運動していないので、嘘をついている気分になる。コメントを返信しようと文面を考えていたところ、すでに自分の返信があった。便宜的にインドと呼ぶが、インドが返信したのだ。「ありがとう!」と。
はじめのうちは、インドを停止して、自分で日記やコメント返しもしていたのだが、インドを停止して投稿し終えたらインドを開始するのが面倒になった。いままで定期的にSNSを利用していたのをやめてしまった。インドはつけっぱなし。たまにスマートフォンでログインしてインドの日記やインドのつぶやきやインドのコメント返しを見る。
インドは友人の投稿に対しても一定の割合でリアクションを入れる。綺麗な写真がアップロードされると高評価のボタンを押す。読み手に共感を求める投稿に対しては「わかるわかる!」などとコメントする。やった。全自動SNSの完成である。
興味本位でやってみたのだが、ついに僕はコミュニケーションを自動化したのだと思いひとりほくそ笑んだ。自分の力ではない。インドという男の力だ。しかしインドもみんなの公開したものをもとにしているのでみんなの力だ。みんなの力でコミュニケーションを自動化して効率化を果たしたのだとも考えられる。そもそもコミュニケーションは、自動化したり、効率化したりするべきものなのかどうかということはこの時の僕は考えなかった。
はじめたときは誰かに指摘されたらネタばらしをしてやめようと思っていたのだが、いっこうに指摘されない。イライラしてきた。絶対に気がつくはずと自信をもっていたのだ。ショックだった。自分が自分じゃないインドになりすまされているのに誰も僕ではないと気がついてくれないのだ。疎外感を覚える。インドに腹をたてる。みんな本当にちゃんと読んでいるのか。読んでて気がつかないのか。みんなインドなんじゃないか。みんなインドだから僕のインドに気がつかないんじゃないか。と考えたことがきっかけだった。みんなもインドになればいいと。
ここで僕は自分の職権を乱用することを思いつく。秘密裏に行う裏インドプロジェクトはメンバー構成僕という少数精鋭チームだ。最後のログインから1年以上経ったユーザーを調べる。その中で友人が少ないものを調べる。そのIDとパスワードを書き換える。どうやったかは書けない。彼らはもう我が社のSNSから卒業し、別のSNSで社会活動を行っている。何かの気まぐれによって、ログインしようとしてもエラーになってしまい、そのまま諦めてくれるだろうと考えた。最初は数人から開始した。その数人のアカウントを自動化し、コミュニケーションを観察した。
表立って行う表インドプロジェクトは、原点回帰プロジェクトだ。会社には言葉を使ったコミュニケーション以外で儲けた資金があり、企画は割と何でも通った。原典回帰プロジェクトは日記などの言葉でのユーザー間のコミュニケーションを再活性化させようという地域町おこし的な地道なプロジェクトだ。会社では誰にも関心を持たれなかった。プロジェクトの評価軸は、ユーザーのログインの頻度や滞在時間やページビュー、要するにどれだけ広告を閲覧したかだ。依然としてこのビジネスは広告モデルなのだ。
プロジェクト開始時から横ばいでどちらかというと低下傾向にあったそれらの指標は、完全な横ばいとなり、だんだんと右肩であがり始めた。グラフにして定期的に報告しているが、だんだんと上司から好意的な声をかけられるようになった。「よくがんばっているな」と肩をたたかれた。実際にがんばっているのはインドなのに。プロジェクトとして、人と人とのコミュニケーションを活性化することを目的とし、どんどん意欲的な企画を立案して、それを具現化していった。正直増えても増えなくても、インド化で数値は増えるのだからすごく気が楽だった。とても画期的な案をいくつも投入しその度に広告収入を増やす僕は、社内でいきなり目立った。表の僕はそういう感じで仕事をしていた。
インドは頑張っていた。すごく頭を使っていた。社員に割り当てられているリソースなどすぐに食いつぶしたので、僕は表のプロジェクトの資金を使って裏のプロジェクトのインドの維持費とした。この原点回帰プロジェクトは、投資金額よりも、増分した広告収入のほうがはるかに多かった。数値で結果が出た。他の社員はゲームとかそういったところで仕事をしていたから、日記の閲覧による広告収入の増分はすべてインドが作ったと言えるのだ。
インドが社長賞を受賞した。はじめのころインドは非インドとコミュニケーションしていたのだが、インドが増えるにつれてインドとインドのコミュニケーションが生まれていった。インドがお腹すいたと言い、インドがそれに同意するようになった。みんなインドなんじゃないかと疑っていたが、それが現実のものとなる。
誰が考えてもそうなると思うだろうが、破綻はすぐだった。一体なぜわからなかったのかと今の僕でも不思議に思う。SNSを利用しているユーザーからの問い合わせがきっかけで事件は明るみに出た。ニュースとして報道され、人と人とのコミュニケーションを活性化したいと思い、入社したのに、コミュニケーションの邪魔をしてしまったのだと青ざめた。
この事件については世間の皆さんの知っての通りで、僕は刑に服した。SNSの信頼性がゼロになり、ユーザーが離れていった。我が社の株価は暴落し、インドのいるG社に買収された。買収した目的は、AIの研究目的である。実験場として買ったのだ。もちろん責任者は予想通りインドだった。新聞記事で見た。僕はSNSという人間のコミュニケーションの場を破壊して、インドたちの実験場にしてしまったのだった。
変わった一部の人間を除き、人間のユーザーは去って行った。人間のみを謳うSNSに引っ越した。インドだらけになったし、別の系統のインドが参加しはじめた。閲覧は自由なのでその様子を観察する人間たちも現れだした。人間がインドたちのコミュニケーションを観賞するのだ。公開アカウントにしているインドについてはランキングが生まれた。どのインドが面白いかという掲示板も出るようになった。
あとでわかったことだったのだが、事件発覚前にこんなこともあったようだ。ある研究機関は、自分たちのアカウント同士で閉じたネットワークを我が社のSNSの中に作成していたようだ。だったら自分たちのマシンの中だけでやってほしいが。
それは僕の手法とは違っていた。アカウントを乗っ取るのではなく新規で作るのだから学習するべき既存のデータがない。それをSNS内の公開アカウントの人間たちからランダムで取得して餌としていたようだ。そうか、その方法であればよかったのかとも思ったが後の祭り。それであればもしかしたら発覚しなかったかもしれないし、確実にページビューを稼げたのではないか、など考えた。
ちょっと待てよ、それに気がつけなかった我が社もどうかと思う。だって、全ユーザーを点として、友人関係を線としたときに、歪なクラスターについて検出できなかったということなのだから。落ち度はある。
あの事件を契機に、SNSにおいて広告モデルが破綻した。人間が閲覧しているのか、そうでないかが判別できないからだ。
そのあとSNSにおいて本人確認を徹底する動きとなったが、広告主からの信頼は回復しなかった。最大手のF社は広告をやめた。すでに社会インフラとなっていたため、月額有料化された。本人確認が強化されたが、本人がプライベートインド(自動応答ツールを自分の代理とすること)を利用することは可能だったので、完全にインドを排斥することはできない(「インド」の名称もだいぶ定着した)。インド検出の精度が上がると同時に、プライベートインドの精度も上がるといういたちごっこの状態だった。アカウントのページに「このユーザーはプライベートインドを利用している可能性があります」と警告画面をたまに出せるくらいだが、的中率はどんなものか。
刑務所を出たあとに僕がどうなったか。インドに行って修行僧になった。以上がインドの歴史のはじまりの話だ。おっと、インドの付き合っていた女の名前すら出さなかった。その話についてはまた別の機会があれば。
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