戦いが終わって。


 HPが0になったプレイヤー⑪へと視線を落とす。

 勢いで「俺が戦う」なんて言ってしまい、勝つことはできたものの、果たしてこれで良かったのだろうかと疑問と罪悪感を抱く。

 翔真は、怪我はしていないだろうかと、足元に倒れた小柄な少年を見た。


「……材木?」


 気絶した少年の顔に見覚えがあった。

 中学時代のクラスメイトだ。

 どんな人間だったかは覚えていない。目立たないタイプで、「クラスメイト」以上の関係ではなかったから。外で出会っても、「よう」と声を掛けて、それがそのまま別れの挨拶になるような相手だ。

 でも、かつてのクラスメイトではあった。

 これが勝ち抜けば願いを叶えてもらえる戦いならば、そんなクラスメイトも願いを抱いて、戦っていたのだろう。

 それはどんな願いだったのだろう。


 いつだったかゲームセンターで見掛けた時、「一緒に遊ばないか?」と誘っていたら……。

 そんなことで一人の人間が理解できるとは思わないけれど、結局は何も分からないまま戦うことになったのかもしれないけれど。

 だけど。

 また少し、罪悪感が増して、心の奥が痛くなった。


「本当に勝つとは思いませんでした」


 安土もねが樹の陰から出てくる。

 額には脂汗が浮かんでいた。右腕の負傷は骨折の可能性が高そうだ。

 少女は翔真の方に歩いてくると、プレイヤー⑪の傍に屈みこむ。

 何をするのかと思って観察していると、一つのことに気が付いた。

 プレイヤー⑪のポケットが淡い光を放っていたのだ。

 もねは迷いなく手を伸ばし、ズボンに入っていた地味な財布を取り出す。ストラップとして青い水晶が付いたそれを。


(ああ、そうか。説明に書いてあったっけ。「このゲームでは『青の夢』と呼ばれる水晶を奪い合います」「自分の番号の『青の夢』が奪われた場合、そのプレイヤーは敗退となります」って。……飛ばし読みだがら、細かなところは覚えてないけど)


 もねに『青の夢』を取られたからだろう。かつてのクラスメイトの身体は薄くなり、細かな光となって消えていく。

 プレイヤー⑪――材木吾郎は敗退したのだ。


「……負けた奴はどうなるんだ?」


 問い掛けると、立ち上がったもねは翔真の方を見ないままに答えた。


「『ゲーム』に関する記憶を全て失くします。それだけです」

「スキルは?」

「あれは元々、『ゲーム』限定のようですから」


 右手で髪を搔き上げようとして、痛みに顔を顰めて、左手で前髪を払う。

 その時、グレージュの髪に隠されていたイヤリングが見えた。

 青く、微かに光る水晶。

 もねの『青の夢』だろう。


 ⑪の『青の夢』をカーゴパンツのポケットに入れたところで、はっとしたような表情を見せるもね。


「……あなた。えっと……」

「樵木。樵木翔真」

「樵木さん。あなた、ネックレスを拾いました?」

「え? ああ。拾った。ゲーセンの前で」


 なるほど、と翔真は心の中で納得する。そういうことか。


 この『ザ・ポリビアス』は『青の夢』の奪い合い。

 恐らく、安土もねは誰かに勝利し、ナンバー㉔の『青の夢』を手に入れた。

 が、この空間へ来る前に、落としてしまったのだ。

 それが翔真の拾ったネックレスの正体。


 樵木翔真がネックレスを拾い、新たに『青の夢』を手に入れたことで、「プレイヤー㉔」として、『ザ・ポリビアス』に参加する権利を獲得した。

 何も知らぬ翔真はここ、戦いの舞台へと飛ばされてしまった。


「……樵木さん。もうお分かりだと思いますが、その『青の夢』は私が手に入れたものです。私が、手に入れた、ものです」


 念を押すように繰り返す。


「返してもらえませんか?」


 言って。

 翔真の回答を待たず、もねは数歩、後ろへと下がる。

 いつでも動けるように軽く腰を落とす。臨戦態勢になる。


「……返さないのなら、奪います」

「右手、折れてるのにか?」

「関係ありません」


 そう言われても、翔真の側には関係がある。

 バトルロイヤルだとしても、腕が折れた相手と戦うのは気分が悪い。

 その負傷の原因が「自分を庇ったから」ならば、尚更である。

 もねは鋭い視線を向けたままで続ける。


「あなたを助けたのはHPバーがなかったからに過ぎません。プレイヤーじゃない人間がスキルを受けるとどうなるか分からなかったから助けただけです。今の樵木さんはプレイヤー……。私達は敵同士です」

「ああ、そうだ。言い忘れてた。ありがとな、庇ってくれて」

「…………」


 少女は、「そんな言葉で絆されませんよ」と言わんばかりだ。

 翔真はやや思案した後、訊ねてみる。


「安土はなんで戦ってるんだ? 安土の願いは何なんだ?」

「……私に願いはありません。この戦いを終わらせたいだけです。勝者になって、戦いを終わらせろ、と願います」


 もねは突き放したつもりだった。

 交渉の余地はない、と。

 しかし、その言葉は翔真の望んでいたものだった。


「なら、俺も協力するよ」

「……は?」

「俺もこの戦い……、『ゲーム』って呼ばれてるこれを、終わらせたいと思うから」

「なんでですか?」

「上手くは言えない、言えないんだが……」


 相応しい説明が見つからない。

 けれど、そう思うのだ。

 良い奴ぶってるのではない。

 むしろ……。


(……どう言えばいいんだ?)


 如何にも怪訝そうな表情をしたもねは自らの右手を前に出す。

 すると、黒い長方形が出現した。スキルを使ったのだ。

 思わず身構える翔真。

 が、どうやら攻撃ではないらしい。


 もねが出した長方形の中には文字が書かれている。反対側なので判読はできないものの、それが何なのかは分かった。

 メッセージウィンドウだ。


「……っ、くくっ、あはははっ!」


 突如としてもねが笑い出した。

 楽しそうに。

 笑わずにはいられない、という風に。


 一体、何が記されていたのだろう。

 彼女は何を知ったのだろう。


「……ふふっ、ふふふ……。バカなんですか? バカなんでしょうね……」


 その心情を問おうとした時、もねが言った。


「……分かりました。協力しましょう」

「え? いいのか?」

「はい。よろしくお願いします」

「あ、ああ。よろしく」

「先に言っておきますけど、あなたのことを全面的に信用したわけじゃないです。そんな理由で戦い抜けるはずがないんですから。怖気づいて、逃げ出しても気にしませんので安心してください。私は一人でも大丈夫です」

「強がるなよ。手、折れてるのに」


 果たして。

 プレイヤー㉔――樵木翔真と、プレイヤー⑧――安土もねは、共闘関係になった。


 この『ゲーム』――『ザ・ポリビアス』は願いを叶えるためのバトルロイヤルだ。

 ならば、まさにこの瞬間、樵木翔真は真の意味で『ゲーム』に参加したのかもしれなかった。


 プレイヤー㉔――樵木翔真に願いはない。

 だが、翔真は戦いを終わらせることを望んでいる。

 それは「願い」と呼べるかもしれないからだ。


 そう、そう願った理由は―――。


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