喧嘩の行方

 年の瀬の散歩帰り、近所の小さな公園で少年二人が喧嘩しているのを見かけた。だいたい小学校低学年くらいだった。初めは止めようかと思ったが、間に入るのも無粋だろうとやめた。ただ、意地の悪い野次馬心は湧いてきて、私はひそひそと隅のベンチに腰かけその喧嘩を見ることにした。

 「この野郎!」

 「おらっ!」

 喧嘩は殴り合いというより、取っ組み合いの様相をしていた。のこったのこったと、行司の声があればそれは相撲のようだった。

 小さい方が大きい方へ、低姿勢に突っ込んでいく。それを大きい方は、こともなさげに受け止めて、ほいと横へ放り投げる。小さいのは上手く受け身をとって、また果敢に攻めていく——が、それも簡単にあしらわれる。

 力の差は一目瞭然であった。大きい方は正に横綱相撲。ぽんと腹を叩いて、そんなものかと小さいのを見下ろす。小さいのは睨み上げて、またもや突進——跳ね返される。

 幾度かのそのやり取りに、私は面白味が無くなっていた。そして立ち上がり、その場を去ろうと一歩踏み出した時だった——。

 「かなちゃんは、ぼくのものだ!」

 その言葉に私はまたベンチに座っていた。どうやら二人は、一人の女の子が理由で喧嘩をしているようだった。

 この時代にまだそんなわびさびがあったとは‥‥。しかも小学生に。

 私もフィクションでしか見たことのない、河原とヤンキーの図が目の前にあった。

驚きと共に、可愛らしさがあって、男らしさ——いや漢らしさがあって感心した。

 「なあにいってんだ。オレんだ」

 「いや、ぼくのだね」

 どちらも勝手に自分のものだと言い張って、当の少女のことを考えていない辺りに小学生らしさを覚えて——、それの微笑ましいことといったらない。

 「だって、ぼくなんかこの前テストで百点とったら——”すごい、かっこいい”って褒めてくれたんだぞっ。しかも、今度勉強を教える約束したんだ。で」

 「ふん、それならオレだって、この前サッカーの試合でゴール決めたら——”すごくカッコよかったよ”って、クッキー渡してくれたんだぞなっ」

 「ほお」、と思わず声が出た。どうやら、かなちゃんとやらは、ファム・ファタルの素質があるらしい‥‥。——いや、それともこの子たちが単純なだけか。

 どちらにせよ、私はこの喧嘩の行方が気になった。どちらが勝つのかは勿論、その勝負の先に何が起こるのか、なんなら、かなちゃんとやらも見てみたいと思った。二人を戦わせる程の少女——その強かさの由来が気になった。

 「うるさい、ぼくのだ」

 「いいや、オレんだね」

 そんなことを考えている間にも、また取っ組み合いが始まった。

 「うおおおおっ」と雄たけびを上げて、小さいのが大きいのへ突っ込んだ。また結果は変わらないだろう——そんな私の予想は外れた。

 小さいのは今度は左右に揺さぶって、横から上手く大きいのの懐に入り込んだ。それでも大きいのはぐっと歯を食いしばって、また投げようとした。が、小さいのも踏ん張ってそれをさせない。

 続く一進一退の攻防。ジャリジャリと砂が音を立て、寒風に舞う。指先のかじかんだのも忘れて、私はそれに釘付けだった。

 ——辛くも勝負の世界は平等だった。

 「おりゃああああ!」

 土俵に上がった時点でどちらかは散る。

 涙を我慢しただけでも偉いぞ、小さき少年。

 彼の転がったままに天を眺め、それでも歯を食いしばるのに矜持を認めて、私はその場を後にした。

 信号待ちの横断歩道で頭をよぎるのは勝負あってすぐの光景。

 大きいのは、カバンに立てかけていた端末機器を取り上げると、勝ち誇ったように

「かなちゃん、やったよ。オレの勝ちだ」と言った。そんな、ビデオ通話で繋いでいたのかと、現代の可笑しさを思ったのも束の間——、その端末機器が明らかスマホなんかよりも大きいように見えた。

 よくよく見れば、それはゲーム機だった。

 私はそれ以上はそちらを見ないようにした。声も聞こえぬよう耳を塞いだ。

 そう、最近は確かゲーム機でもビデオで通話できるようになったのだ。そういうことなのだ。…きっと。

 渡り切った横断歩道に、私は自分の世界の狭さを気付かされた。

 

 

 


 

 

 

 

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