第5話





 裕太は、もっと楽しそうに笑っていた。



「いつまでたってもお前って、だっせぇままだし、中学ん時から隣に並ぶのが嫌で仕方なかったんだよなぁ。幼なじみなんてマジでヘドがでるわ!」



 そこまで言われては、理央は認めるしかなかった。



 そっか…、私って、こんなに裕太に嫌われてたんだ。


 全然、気付かなかった。



 ズキズキと胸に何本もナイフが刺さるような感覚。


 血の出ない痛みに、無意識に胸を押さえた。



 そんな理央の苦しみなどお構いなしに、裕太の理央を傷つける言葉は途切れない。



「付き合おうって言ったら簡単に頷いたよな、お前。本当、バッカみてぇ!あの時は、笑い飛ばしたくて仕方なかったぜ!」



 遥は感情をこらえ切れなくなったように、プッと吹き出した。



 裕太も、その時の事を思い出すように声をあげて笑っている。



「…っ」



 屈辱的な気持ちにたえられなくなり、俯くと、涙で視界が霞んだ。


 

 震える足すら完全に見えなくなり、ちゃんと床に足を付けているのかも分からなくなる。




 「桜井さんって地味だし、目立たないし暗いし、それなのにずっと裕太の言葉鵜呑みにしてたの?まさか、裕太とつり合ってるなんて本気で思ってないよね?」




 浮気現場の目撃と、裕太の本音、遥の嫌味な笑い声が、理央の脳内をグルグルとまわっていた。



 吐き気を覚える程の目眩がする。



 私、どうしてこんな事になってるのかな?


 

 今日もいつも通りの毎日を過ごすはずだった。



 いつも通りに朝を起きて、授業を受けて、放課後は美術室で誰にも邪魔されずに大好きな絵を描く、それだけで良かったのに、美術室の隣、いつもは閉まっているはずの理科室が今日は開いていて、不覚にもここへ、足を踏み入れてしまったから。




「あれぇ?もしかして、震えてるの?ねぇ、やめてくれないかなぁ?私達が加害者みたいじゃん!本当の事教えてあげただけなのに」



「ったく!鏡でも見てこいよ!自分が今、どんな酷い顔してるか分かってんのかよ!」




 あぁ、もう駄目…。



 早く、ここからいなくなりたい。



 私なんて、いなくなった方がいい。



 消えて、なくなりたい!




 理央がそう思った瞬間だった。

 

 

 ふと、後ろから肩に触れる指の感触がした。



 そのまま体重を攫われるように、後ろから誰かの腕が回ってきて、抱きしめられるような格好になった。




「鏡なんか見なくても、理央はじゅうぶん、かわいいよ…」




 突然ふってきた、低く優しい心地よい声。


 

 理央の耳元で囁かれたその甘い声と爽やかな香りは、理科室に似つかわしくなかった。



 ずっと重かった身体が、雲になったかのようにフワフワと軽くなった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る