第5話 ドキドキの車内で

【ドキドキの車内で】


初めに繋いだ手は、今も繋がっていて…

私の歩く緩いペースに合わせて彼が前を歩く。

特別話はしなかったけれど、人の流れを避けつつ私の事をリードしてくれる彼にドキドキしながら2人で車を目指した。


駐車場に車が止まっていて、彼は私の荷物を後部座席に置くと助手席のドアを開けて、

どうぞと中へと招いた。


座席によいしょと座る。

ホッと息をつく。

ドアを閉められて、エンジンがかかる。地元のラジオが小さく聞こえてきたが、隣の席の彼がパッとラジオをoffにした。


冷たく澄んだ空気が車内に広がる。

エンジン音が鈍く響く。

彼はぎこちなく私の方を振り向いて、顔をまじまじと覗き込んだ。

目を細めて、頬を緩めた。


「はじめまして」

って、ぷっと息を吹き出す。

私の顔が余りにも緊張で強ばっているからなのだろうと察した。


「あははっ。大丈夫??」

彼はそう言って私の頬をつんつんと指先でつついた。

「ねね、そんなに緊張しないでよー!メッセージでやり取りしてた仲でしょ?ね?」

意地悪そうに笑っていた彼が、そう言うと体を乗り出して私の体をギューって包み込んだ。

さっきまでの外気温に冷やされたコートの冷たさが、一瞬で柔らかい陽だまりの香りに包まれて温もりを得た。

男の人の香りってこんなに優しい香りだったかな?

香りの熱にまで蕩けてしまいそうな私


「わぁー!!!彩綾さんだ!!!実物!!」

そう言ってまた私の顔を覗き込む。


「ねぇ?キスしちゃうよ?」

真顔でそういう彼。


え!!!と私は顔を両手で覆った。

冗談なのか、、、それとも本気なのか

私の頭はパニック寸前。


ぷーーっ!!と息の音と笑い声が車内に広がる。


クククとはしゃゃいだキミ君が、不意に微笑んで

「大丈夫だよ。まだ襲わない。」


そう言って、彼は車をゆっくりと前へ。

車輪は動き始めた。


彼の微かな蜜が、凝り固まった私の心を優しく溶かしていく様だった。

震えた手が、少し汗ばむ感覚が生々しい瞬間だった。

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