あなたはヒーロー
すずめ
第1話
数ヶ月前、世界中のあちらこちらで有害な怪獣が出現した。
その正体は、未知のウイルスに感染した人間だったらしい。
"怪獣化"と呼ばれる現象だ。
僕は怪獣を討伐する仕事に派遣されたが、今まで遭遇した怪獣はどいつも人間味なんてなかった。
そして数日前、僕の恋人がウイルスに感染したと報告された。
『ナエ』という可愛らしい人だった。
僕は仕事をほったらかして、ナエと同棲していた家に帰った。
この時まで、仕事のせいでまったく一緒に居てやれなかったからな。
久々に家の扉を開けた先には、酷く衰弱した彼女がいた。
「おかえり。」
まだ人間の身体を保てていると安心する暇なんてなかった。
「ナエ。」
僕は彼女を抱きしめた。
「奇跡みたいな幸せだね。」
その日は、ずっと手を繋いで眠りについた。
ここに帰ってからまだ二日だ。
なのになんで、君の腕が怪獣化してるんだ。
「ごめんね。せっかく二人きりなのに、お料理も作ってあげられなくて。」
彼女の無機質な声を聞く度、喉の奥が熱くなる。
「謝るのは僕のほうだ。長い間一人にさせてしまった挙句、何も守ることが出来なかった。」
僕が悲しそうにするといつも、彼女は重たそうな身体を起こして僕のもとに来てくれる。
「あなたはヒーローだよ。あなたがいるおかけで、たくさんの人が救われてる。」
違う、違うんだナエ。
僕が一番守りたかったのは君だ。
君以外が怪獣になったって、別に構わなかったさ。
そんな想いに今更、気付いてしまったんだ。
ほんとに、今更だよな。
「あなたのネクタイ締めるの夢だったけど、こんな手じゃもう出来ないね。」
毎日泣きながらナエのこと抱きしめて、憎い時間が過ぎていって、君の身体はもう人間のものとは言えなくなった。
でも声だけは、変わらないんだ。
「もうなにも考えなくていいよ。私に一生懸命なあなたが好きだから。」
僕はなにも返せなかった。
「私がもし、怪獣になっちゃったら…。」
「そんなこと言わないで。」
ナエは獣の手で僕の頬を触って、少し震えた声で呟いた。
「私、もう、じゅうぶん幸せになったよ。いろいろ伝えられなかったことはあるけどね、もし怪獣になってもね、ついてきちゃだめだよ。」
やっぱり気付いていたんだね。
僕が君といなくなるつもりだったこと。
日が昇って、落ちて月が昇って、それが落ちて日がまた昇って、君がもう動けなくなった頃、僕はただそばにいることしかできなかった。
「明日がもうこなくなったら、殺して。」
ナエが突然そう言った。
「できるわけないよ。」
「じゃああなたは、ちゃんと眠って、ちゃんと食べて、出ていってね。私はどうにかできるよ。」
“どうにかできる"。
きっとそれは君の望む最期じゃないんだろ。
僕に天国を見せてほしいんだろう。
「きょうは、おきててね。」
あ、ああ。 分かったんだね。
「おやすみの前に、きいて。」
「うん。」
「あなたは、ずっと私のヒーローだから。」
僕は次にナエと話すまでずっと泣いていた。
今もどこかで怪獣になった人間が殺されて、そいつの大切な人たちが悲しんでる。
僕はそんなやつどうでもいいんだ。
世界を敵に回しても、君の声を聴いていたかったんだ。
笑顔を見ていたかったんだ。
月の光が窓から差し掛かっている頃、ナエが起きて、苦しそうに歩き出した。
身体を動かすだけでも激痛が走るはずなのに、ナエが止まることはなかった。
「ナエ、ナエ、待ってくれ。」
ナエは外の倉庫にあった灯油を苦しそうに持ち上げた。
僕は彼女の手にライターがあることに気付いた。
「ナエ。僕の声、聞こえる?」
「あ、あ、ぅう。」
ナエは酷く身体を震わせて、怖い声を発した。
「ナエ、僕は君と会えてとても幸せだった。どうしようもないやつでごめん。ずっと側に居てやれなくてごめん。ごめん。今更、こんな喋り出してごめん。あぁ、僕はナエのことが大好きだ。ずっとずっと大好きだ。天国にいても愛してる。どうか生まれ変わっても、君と一緒にいられますように…。」
「う、ぅ。」
ナエは近くにあった斧を指差した。
僕は躊躇うことなくそれを手に取って、振り上げた。
「ぁ、いぅ、き。」
これが僕とナエの運命だなんて、斧を振り下ろした今でも信じられない。
僕は間も無く、ライターに火を付けた。
あなたはヒーロー すずめ @suzume_2525
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