明日から家族、時々その他。

句点

序章

01




 ぐるぐる、ぐるぐると視界が歪み、かき混ぜられる。マーブル状のそれが元々どのような絵柄だったのか、もう覚えてなどいない。


「カランコエ・ブロスフェルディアナを追放しろ!」


 嗄れた大きな声が木霊する。ガン、とギャベルが落とされて更に声が轟く。追及する声が数多に湧いて冷や汗が流れ出す。声ひとつひとつがはっきりと聞こえているような気がした。止まない雨が針のように鋭く降り注いでいる。指をさされる身体がチクチク、ジクジクと痛む。

 そっと、二の腕と頬に優しい感覚があった。ふわりと花の匂いが広がって頭がクラクラとする。何も見えない。これら儀式がなんなのか、全くもって理解が追いつかなかった。


「大丈夫よ、カランコエ」


 優しい声が前方から降り注ぐ。こつん、とおでこに優しく何かが触れる感覚。さらりと顔の横に輝く細糸が流れる。


「どれだけ多くの人が貴方に奇異の目を向けようと、どれだけ多くの人が私達を否定しようと、貴方のことを愛しているわ」


 するりと、目の前の人物の頬に柔らかな涙が滑った。離すまいというように、背後から二の腕を掴む力が強くなる。喧騒が遠のく。反感の音が嵐のように騒がしい。

 ぐにゃぐにゃと視界が更に変形していく。くるりと、消えていく。





▫︎▫︎▫︎




 金髪の男の子が立っている。部屋も彼も血塗れで、異様な部屋が惨劇の全てを物語っていた。ぐるりとした丸い瞳が此方を覗いている。

 彼は、小さく結んでいた口を綻ばせ、言葉を紡ぐ。


「フェルディア、……いや、カランコエ。ひとつ、お前に」




▫︎▫︎▫︎




 パツン、と夢が切れる。


「……雨」


 窓の外から雑音が響く。寝ぼけ眼を擦りながら小さな体を起こすと、その影は窓の方へと顔を向けた。なんだか、いつにも増して重たい身体が動揺している。ぐらりと視界が大きく揺らいだ時、不意に背後の扉が力強い音と共に開かれた。


「カランコエ!」


 低く滑らかな声が地面を滑る。

 やけに高級感がある柔らかなマットレスが重力に逆らえない幼気な身体を受け止めて、未だに覚醒しない脳が、訪れた大きな影が父親だということだけを少年に伝える。

 男の手が少年の額に当てられて、冷たい感覚が身体に走った。


「……まだ熱があるな。覚えているか?披露宴の最中に意識を失ったんだ」


 控えめな声量で優しく問いかける男に、少年は首を横に振る。確かに、途切れる前の最後の記憶では女王の懐妊の公表と国民と初めて顔を合わせる披露会が行われていた。豪奢な広間を見下ろすことができるギャラリー。そこに自分は居た。だが、その後、途切れ途切れに断片的な記憶がある。あまりに曖昧だが、自分が非難され、両親が脅かされていた。

 夢にしては現実味がある。確かにはっきりと告げられた声や脳を蝕む物音と感触。思い出せば未だにあの喧騒が頭の中で響き返りそうなほど。


「そうか。何も案ずることはないよ、全てこの父様に任せて今はゆっくりお休み」


 確かに自分を父と称した男が、少年の視界を片手で塞ぐ。やけに広く煌びやかな一室には窓を叩く雨音と、少年が必死に生きようとする呼吸だけが落ちていた。



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