責任の所在
第一話
帝国歴525年。
銀河統一暦785年。
人類は宇宙へ進出し、
複数の星間国家を基盤とする文明圏を形成していた。
その中で、軍事的影響力を保持している国家が二つある。
神聖統一帝国と、フェアリー王国である。
両国は長期にわたる戦争の末、
停戦協定を締結していた。
だが、停戦協定は形骸化していた。
国境宙域では、現在も小規模な武力衝突が発生している。
宇宙空間での艦隊戦。
小惑星への強行偵察。
それらの作戦は完全に秘匿され、公式記録にも残されていない。戦死は事故死として処理され家族にも正確な死因は伝えられることはなかった。
発生した損耗について、
両政府は公表していなかった。
そのため、多くの国民は、戦争がすでに終結し、平和が訪れたと錯覚していた。その平和の裏にある犠牲など知る由もなかった。
しかし、例外も存在する。前線で犠牲になる兵士たちだ。
帝国宇宙軍陸戦隊第216連隊装甲歩兵小隊長霧島透少尉は強行偵察任務を終え駐屯地に帰還していた。今回の任務では多くの下士官兵が二度と祖国の地を踏むことができなくなった。
連隊隊舎内は静寂そのものだった。それは散っていった者達への慰霊か、それとも無関心なのだろうか。
霧島少尉は報告書作成のため連隊司令部の机で作業をしていた。"事故死"した部下達の名前をリスト化し、その数だけを報告書に記入する。人を人と思わない合理的な報告書だ。
霧島は端末から視線を上げた。
向かい側の机が空いている。
本来であれば、
そこには、もう一人の装甲歩兵小隊長がいるはずだった。
霧島は席を立ち、中隊長のもとへ向かう。
「中隊長。隣の小隊は……」
問いは最後まで続かなかった。
「戦死だ」
中隊長はそれだけ答え、
それ以上の説明はしなかった。
霧島は敬礼し、その場を離れる。
理由を問う意味はなかった。
連隊長室では第216連隊長オルフォード大佐が頭を抱えていた。
今回の偵察任務で1人の装甲歩兵小隊長が戦死したのだ。下級将校の戦死は別に珍しい事ではなかった。しかし、戦死した人物が問題であった。
今回戦死した小隊長は帝国有数貴族の嫡男だった。
「まずいことになりましたね」
副連隊長光国中佐がオルフォード大佐に話しかける。
オルフォード大佐は顔を上げなかった。
「軍務省からの通達はまだか?」
「まだです。しかし、時間の問題でしょう」
光国中佐は淡々と答える。しかし、内心は穏やかであるまい。この件が単なる現場の問題では済まない事を2人とも理解していた。
オルフォード大佐はゆっくりと話し始めた。
「作戦そのものに問題はない。作戦目標は達成し、軍法違反もない。損耗だって規定の範囲内だ」
「しかし、これは軍の論理とは違う次元の話です。」
光国中佐は静かに答える。
「わかっている。必ず貴族共は軍の責任を問うてくる。軍上層部も自らの保身のため責任の所在を現場だけに閉じ込めるつもりだ。」
オルフォード大佐は椅子にもたれ、天井を見上げる。
「誰かに責任を負わせなければならないな」
「処罰するという事でしょうか。しかし、軍規に照らして今回は何の問題もありません。後々、問題になりませんかね」
「貴族共は責任を取らせたという事実があれば満足するはずだ。この際形式は何でもいいだろう。」
「では、問題は誰に責任を取らせるかですね」
光国中佐がそう答えるとオルフォード大佐は報告書の束に目を向けた。
部屋に沈黙が流れる。
「適任者は....」
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