本文

平日に有給を取ることは少ない。大抵は病欠や旅行や友人との約束に使われる事が多いからだ。それに大して『病欠はちょっと……』と思いながらも、他に関しては言うべき事はない。

ただ上司の個人的事情、つまり指示を出す人が居ない、または出社禁止でテレワークを推奨された際には、別の理由で有給を使う。今日もそんな日だった。


「世の都合に土下座する程の感謝をし、私は平日限定ケーキを食べる」

自分の為に有給を使うと言ったら病欠と旅行ぐらいしかない。それ以外の事で使うと『あぁ病気した時……』とう妙ちきりんな罪悪感に見舞われるからだ。

しかーし!! 今回は年末年始、上司から直々に『休まない……?』みたいな空気を受け、『そんなに言うなら仕方ないなー』とニヤケながら有給を取ったので、心置き無くカフェに行く。今さら出社して、掃除しろとか言われても聞く気はサラサラねぇ!!

内心舞い上がっている私を同居人は冷めた目で見ていた。そんな事は関係ない。今は限定ケーキである。個数が少なくすぐに売り切れてしまうので、開店と同時に店に突っ込み、めぼしいものを注文した。

「この間は食べられなかったかからぁ。其れはそれで、バケツケーキ食べられたけどぉ」

有頂天の私と会話をする気は無いようで、瑠衣は先程からそっぽを向いている。まぁそんな事はどうでも良い。今回の目的は果たされたのだから。

届けられるのを待つこと数分、待ち侘びたタルトタタンと珈琲がテーブルに並べられた。

ここの限定ケーキ特有の厚みのない平たいタルト。上に乗せられた林檎のコンポートが蜜を吸い上げて艶々と輝いている。テレビで幾度となく憧れた其れが、目の前に置かれている。

本当、これを作った人、メニューに載せた人、届けた人、全員に『あざまぁすっ』って叫びたい。愛してる。お礼状書きたい。

やや大きめのフォークでコンポートを突き刺すと、テロンと林檎が剥がれてしまう。くるりと巻きとって口に入れると、そのじんわりとした、思考さえ溶かす程の甘さがジンジンと脳を刺激する。目を開けてられない。この悦に逆らえない。ただ耐える事しか出来ない。

「……眉間に皺を寄せるの辞めろ」

そう。瑠衣の言う通り、私は考える事を放棄する程のものを食べると、まず目を閉じる。次に眉間に皺を寄せ、その悦と高う。理性さえおも放棄してしまう程美味しいので、どうしても苦悶の表情になるのである。

「……えっと、タルトタタン一つとブラック珈琲一つ」

「はーい」

気が付いたら隣の人も同じものを頼んでいた。『センスが良い』とハイタッチを堪えた私をどうか褒めて欲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る