肉塊文明ストラテジー・醜悪な文明の指導者が、英雄を悪と光落ちではなく肉落ちさせて戦う模様

福朗

プロローグ 光と醜悪の戦い

■前書き

年末年始の息抜き投稿。大分前から書いてたので6万文字くらいのストックあり。



 光り輝く神々の聖域、星々の花園は清らかな水が流れありとあらゆる美しい花々が咲き誇る庭園だ。

 そして白く巨大な神殿が所々に存在し、命を生み出した偉大なる神々が住んでいる。


 彼ら善き神々を表現する際、真っ先に思いつくのは美しいことだろう。完璧な黄金比で配置された優し気な目や微笑を湛えた口。清らかとしか言いようがない肌。風に流れる髪。


 定命の人間と造形こそ同じだが、そこには比較にもならない雲泥の差があり全てが美しい。


 更にこの地を守る戦乙女すらも、人間の男は魂が抜かれてしまいかねない程の美貌で、体の起伏は男の理想を詰め込んだかのようだ。


 それは戦乙女と共にこの地を守る男衛兵も同じで、こちらは全ての人間の女がなにもかもを捧げてしまう爽やかな顔と、屈強な肉体を併せ持っていた。


 中でも至高神アーリーは、外見だけを見れば男性神なのか女性神なのか区別ができないほど中性的で美しく、星々の花園にいる神々から最も尊敬され、そして力強い神だった。


『アーリー様、来たようです』


『そうですか……』


 そんなアーリーが逞しい男の武神の言葉に愁いを帯びた表情になる。


 高位の神々だけではなく従属神や眷属、戦乙女や男衛兵達など十万近くの存在が集結しているのに、美しい顔の全てに緊張があった。


 だが説得に説得を重ねたのに無意味だったのなら、後は争うしかないではないか。


 次の瞬間。


 パリンとガラスが割れるような音と共に、花園に道が作られた。

 招かれざる客がやって来たのだ。

 黒い水滴が花園の端に降り注ぐ。

 百、千、万。まだ降る。十万、百万。更に増える。

 その全てが美とは正反対。


 この世には存在しないような醜い人型魚類、腐臭を放つ緑色の粘液の塊、無数のミミズの集合体、腐敗汁を滴らせる腐肉の巨人、空を舞う骸骨のドラゴン、城よりも巨大なカマキリが万を超える子を体に抱えながら、麗しきはずの聖域に踏み込んできた。


『なんたる醜さ……!』


 様々な悍ましき軍勢を見た神々は顔を顰める。


 その首魁も。


 悍ましき軍勢の中央にがいた。


 タコとイカを混ぜたような顔、蛇と百足の体、ナメクジやカエルのような粘液、背から突き出る蜘蛛の足と蝙蝠の翼、ヤギや羊の下半身と角、至る所から突き出た蜂や蠍の針。

 それらに肥大化し過ぎた筋繊維を合わせて捻じりながら、露出した人の脳に様々な種の瞳が犇めく悪夢極まった姿。


 一目で定命の者の正気を喪失させかねない異形。


 名を醜悪王。


 目的は当然ながら理の破壊だ。


『命のために! 明日のために! 罪なき者のために! 全軍前進!』


 力強い声が轟き戦端が開かれ、腐敗にして醜悪なる力と聖なる力が最も神聖なはずの場所で激突した。


『オオオオオオオオオオオ!』

『キイイイイイイイイイイ!』


 神殿すら叩き壊せるような腐肉の巨人と、移動城塞ともいうべきカマキリが咆哮を上げながら、命輝く花々を蹂躙しながら前進する。


『行くぞ!』

『おう!』


 迎え撃つ善き神々の尖兵である美しき戦乙女や男衛兵は、地を這う醜き軍勢と反するように、背の白き羽を羽ばたかせて空に舞う。


『ギャアアアアアア!』


 それに負けじと醜悪の軍勢から、蝙蝠を無理矢理人型にしたような悪魔たちが飛び立ち、清らかなはずの青空の中で血が飛び散った。

 輝く剣に体を両断される蝙蝠人間と、逆に首筋を嚙み千切られて落下する戦乙女。そこに美醜の違いはなく、ただ生と死があるだけだ。


 勿論地上でも。


『愚か者共が!』

『オオオオオオオオオオ!』


 巨大化した神と腐肉の巨人が掴み合い、殴り合い、殺し合う。


『ギ!? ギギギ!』

『ギイイイイイイイイ!』


 暴風のように叩きつけられる光の槍の火線をものともしなかった巨大カマキリが、高位神の破壊の力を受けて僅かに怯む。しかしすぐさま態勢を立て直すと鎌を広げて襲い掛かり、千を超すカマキリの子も体から溢れて美しき者達に襲い掛かる。


『アーリイイイイイイイイイイイ!』

『醜悪王っ……!』


 そんな中で起こる異常事態。


 タコかイカのような口で怨敵の名を叫ぶ醜悪王は臣下が切り開いた道を突き進み、大将同士による決着を挑もうとしているのだ。


『天罰よ!』


 アーリーの愁いを帯びていた表情が緊張で強張るが、彼の手にある黄金の杖から迸ったエネルギーを考えたら何も心配する必要はないだろう。


 定命の者達の世界で行使されれば、街どころか大陸を容易く傾かせて崩壊に導いてしまいかねない。そんな滅びの光が醜悪王に向かって突き進んだ。


 しかし、そんな力を持っているのにアーリーが緊張しているのにも訳がある。


『馬鹿め!』


 タコとイカの触手、更に蛇と百足の体が絡み合って構成された醜悪王の拳が、滅びの筈の力を真っ向から打ち砕いたのだ。


 争いと無縁だったアーリーはそもそも戦うこと自体が初めてで、他の高位神もその傾向が強かった。

 なにせ逆らう者が殆どおらず、万が一があっても裁きや天罰を下すといった圧倒的な立場からのものであり、誰かと殺し合うという経験がなかった。

 そのため単純な出力や権能の力を考えるともっと戦えるはずの神々は経験不足が祟り、あちこちで押されていた。


『大いなる王笏が輝く!』


 だが腐っても最高神。

 アーリーは己の力を全開にすると、黄金に輝く王笏が形作られ醜悪王を迎え撃つ。


『オオオオオオオオオオ!』


 一方の醜悪王にそんな煌びやかな力の象徴などない。

 雄叫びを上げる悍ましき肉塊の剝き出しの筋繊維は更に膨張し、様々な長虫と触手はより強く自身に絡みつく。


『星よ降れ!』

『くぅだけろぉおおおおおおおお!』


 大小様々な隕石が火球と化して醜悪王に飛来するも、その全てを肉塊は両の腕で粉砕する。破壊する。消し飛ばす。


 醜悪王が止まらない。

 あらゆる攻撃を打ち砕き、美しき高位神の群れを掻き分け、殴り、踏みつけ、蹴散らす。

 その余波は星々を震わせ、宇宙に波紋が広がる程だ。


 しかしそれでも、醜悪王の狙いは雑多な高位神でも、最高神アーリーですらない。


 目指すは神々が準備した世界再誕の光。

 煌めく輝きの炎だ。


 その最初の火を絶やすことこそが醜悪王の狙いであり、神を畏れぬ蛮行そのもの。


『近寄らせるなああああああああ!』

『ガッ⁉』


 全ての神々が渾身の力で、宇宙に亀裂を入れられるような攻撃を行い、ついに醜悪王の体に直撃。

 醜き体はあちこちが崩壊し、奇怪な触手が拉げて脱落する。


 それでも。

 それでもだ。


『勝ったぞ!はははははははははははは!』

『しまっ!?』


 消し炭のように炭化した体を気にせず、爛々と悍ましい瞳を輝かせた醜悪王は光の奔流を突破し、後先を全く考えていない力を右拳に込め、止めようとする神々を無視して最初の火に拳を叩きつけた。


 それと同時に醜悪王の眷属が命を燃やし尽くし、この聖域をほんの一瞬だけ閉じ込めるような結界を発動。


 未熟で制御されていない最初の火は本来の力を全く発揮することなく爆散し、聖域内にいるあらゆる存在を飲み込んで、神々の大多数を消滅させ、残った僅かな高位神も殆ど辛うじて生きているだけの物体と化す。


『おおおおおおおおお⁉』


 爆心地の中心にいた醜悪王も例外ではなく、発生した衝撃で吹き飛んで力の多くが欠落し……それでもなお生きていた。

 後に残ったのは燃え尽きた聖域と、死に体の高位神だけである。


 世界再誕の火で星々の命を焼き尽くし一新しようとした神と、その星の救援要請に応え乗り込んできた外の神の戦いは、あらゆる小さな命を存続させることに成功した醜悪王の勝利で幕を閉じた。


 そして時代は進み、生存のため信仰心に寄生した神々と、繁栄した人々の戦乱時代に突入し……。

 醜悪王が再び目を覚ますことになる。

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