Fiction:fixer anotherworld

此咲夏

第1話 駆ける

 荒れ狂う砂嵐の荒野の中。

 任務を終えた騎士団を護衛につける、観光客を乗せた馬車はゆっくりと王都へ向けて歩みを進めていた。馬は疲弊し、徐々に進行速度が下がっていく。

 彼らは付近の洞穴で休憩を取ることにした。


「お客さんすみません。どうやら嵐の関係上、現時点ではこれ以上進めそうにありません」


 馬車の主人である女将が客間から降りた人物に頭を下げた。

 彼というには髪が長く凛として、彼女と表現するには鋭い目つきに堂々とした立ち振る舞いの人物。優しい色彩の金と白の長髪が美しく、どこか浮世離れした印象を与える。

 クゥイン・フィンローク。一見すると分かりづらさを極めているが、彼女は立派な女性である。


「大丈夫ですよ。私としましても、危険は避けたいですから。出立の見込みはいつ頃で?」


 全体の様子を俯瞰しながら、彼女は女将に言葉を返す。その瞳は一度たりとも女将の姿を捉えようとしない。


「そうですねえ、幸いなことに騎士団の皆様が居てくださるので夜襲……はないと思いますが、この嵐です。早くて早朝になるかと」


 女将は顎に手を当てて言う。

 クゥインはあーそう言えば、と騎士団が居たことを思い出す。嵐があろうとなかろうと、馬車の客間は屋内、しかも窓は薄いのでほぼ関わりはない。だから忘れていた。

 見たところ相当な手練れが揃っているようなので、心配はなさそうだ。


「分かりました。なら、私は適当に時間を潰していますよ。客間は引き続き使っても?」

 

 クゥインは客間を指差した。


「勿論ですとも。それに、今日は貴方様しかお客様はおりませんので。ご自由にお使いください」

「ありがとう」


 女将はせっせこ騎士団の方へ走って行った。


「ま、この感じなら大丈夫そうか」


 クゥインは眠そうに客間へ戻って行った。

 辺りは嵐の砂漠とは言っても、王都が勢力を挙げて編成している騎士団がいる。一個小隊であるのが気がかりではあるが、観察する限り簡単に死ぬような者は居なさそうだ。

 特にリーダーと思われる青髪の少女は強そうだ。田舎出身のクゥインは顔も名前も存じ上げないものの、内に秘める魔力は巨大で太刀筋も悪くない。野営を任せるには十分であろう。


「……ん、まぁ一応、ほい」


 硬い横椅子に寝転がるクゥインは天井目掛けて魔力を放った。それは流れる液体のように室内を伝うように流れ流れ、全体に行き渡る。

 すると彼女は指をパチンと鳴らし、小さな結界を構築した。これぞ、クゥインの得意技。意味のないけど無駄に技量が求められてかっこいいやつ!である。


「じゃ、おやすみ」


 クゥインは静かに目を閉じた。

 数時間後、彼女は物音で目を覚ました。甲高い金属音が立て続けに響き渡り、静かな夜の風を邪魔している。何度か寝ようと試みたが、一度覚めた意識は簡単に眠りにつかない。

 彼女はイライラしながら体を起こした。


「ああもう、本当に。音からして、多分夜襲だな?なーにが夜襲は来ないと思うだ、あの女将。起きたら覚悟しとけよ、まじで」


 クゥインは早く寝るためにも、客間の扉を勢いよくかつ乱暴に開ける。壮大な音が金属音の中に発生し、場の注目を一身に浴びた。うーん、殺意が籠った視線がこれでもかと集中している。

 目の前にいるのはほぼ全滅寸前の小隊と、全身黒ずくめの謎の集団。それと、服を破かれて今にも何かされそうなリーダーと思わしき青髪の子。……クゥインの予想は虚しく、彼女は割とちゃんと女の子だったらしい。


「た、助けてください!!」


 青髪の子が涙目で助けを求めた。

 にしても見事に負けたなぁと、クゥインは内心感心していた。魔力量も技量も多分問題ないだろうに、何が彼女を弱くしてしまったのか想像もつかなかった。いや、一つだけ心当たりはあるが、夜襲程度を行う人物が扱えるはずがないと除外しているものがある。

 うん、まぁ多分ない。……とも言い切れない。


「貴様、何者だ」


 青髪の子の服を破き、押し倒している者が、鋭い目つきでクゥインを睨みつけた。そんなにこの子に手を出したいのか、クゥインの目から光が消えた。


「何者かと聞かれれば、寝ているところを叩き起こされた美女。と言えば良いだろうか?」

「ふざけた事を!!」

「………うん?間違えたかな?まぁいいや。君さ、女の子に手を出す時は、よき日よきタイミングにしろと、習わなかったのかな?」


 眉間に青筋を浮かべる黒ずくめの前で、挑発するような減らず口が飛び出す。


「習うわけないだろ!!それに、私なら多少強引にされた方が喜ばしいっ!!」

「いやいや、女の子とは言ったけど……君の好みを聞いたつもりはなかったのだけど」

「ええいやかましいわ!!」


 黒ずくめは仲間に青髪の少女を拘束させておくと、腰に収納してあった短剣を引き抜く。刃をクゥインに向けると、臨戦体制を整えた。

 対するクゥインはまるで我儘な子供を見ているかのように穏やかに、冷静に、指を目の前に突き出した。


「ほい」

「……!!??」


 途端、風が吹いた。それは強烈に、一瞬で黒ずくめが羽織っていたローブを吹き飛ばした。闇に紛れていたシルエットがはっきりした。


「ふぅん、意外と乙女な姿形をしているんだね。最近の盗賊?変態?って」

「……貴様、見たな!?」

「見たなも何も、この世界に男なんていないんだから。姿隠しても女ってバレるのに……」

「でもこう言うのは形から入るべきで……!!」

「はいはい、わかったわかった。君に譲れない物があるのは分かったけどね、寒いから、もう終わりにしようか」


 場の空気が変わった。

 クゥインの魔力反応が消失すると、突如として周囲に幾つもの同じ反応が出現した。それぞれが視界を移せど、そこには何もありはしない。けれど確かに、辺りにはクゥインの魔力が散りばめられていた。まるで、個別で存在しているように。


「なにが!?」


 黒ずめの仲間たちは青髪の少女を手放して、リーダー格と背中合わせで対応しようとしている。けれどもう何もかもが遅い。

 逃げるにしても、戦うにしても、もうなす術はない。この荒野一帯がクゥインの領域と化していた。


「さぁ、終わらせよう。最後に美しいものを見せてあげるよ。それはまるで尊き日の朝日のように、瞬間突き抜ける稲妻の如く。あの頃見た景色を思い返してごらん?今、君の後ろ背に想い出は迫っているよ」


 クゥインは優しく、低音で、言葉を紡ぐ。


「やめ、て……」


 黒ずくめの者たちは崩れ落ちた。

 果てしなき絶望の淵で。


「────ウィリオン・アリシュテイン。さ、お仕置きだ」


 光が場を包み込んだ。赤いような、オレンジのような、移り変わる光がまるで幻想的で、彼女が呟いた朝日という表現はあながち間違いでないことが分かる。光は稲妻の如く走るも、巨大な効果範囲から見ても、稲妻というのは少し虚言である。

 瞬きの間に、黒ずくめの者たちの姿は消えた。


「ふぅ……魔力を使うのも結構苦労するんだけどね。さて、彼女のケアをしようか」


 魔力を引き戻し、一呼吸整えたクゥインはゆっくりと青髪の少女に歩み寄る。

 目の前で放たれた幻想的な光景に目を奪われ、いつのまにか彼女の瞳から涙はなくなっていた。

 クゥインは彼女に手を伸ばす。


「さ、おいで。ここじゃ寒いだろう?」


 白く美しい綺麗な手。華奢ではあるけれど、鍛えられている事が見て分かる不思議な手。青髪の少女は自ずと手を取っていた。


「お姉さんは、エッチなこと、しませんよね?」


 ぼそっと、小声で呟かれた声をクゥインは聞き逃さなかった。はははと、意地悪そうな笑みを浮かべる彼女に、少女はどことない不安感を抱くも、安心感も宿していた。

 クゥインが肩にかけてくれたローブがとても暖かくて、優しさに心を奪われていた。


「ほら、どうぞ」


 クゥインは客間のドアを開け、少女をエスコートする。

 中に入った先は、とても暖かかった。


         ◇◆◇

 次の日。

 私、クゥイン・フィンロークは小窓から差し込む暖かな光に照らされて目を覚ました。昨晩は少々ゴタゴタしていたけれど、今は無事に何事もなかったように私の世界は静かさを取り戻している。

 祖母から言い渡された任務を達成するまでは、何一つたりとも問題ごとは起こさないと心に決めているのだ。本当に昨日は初日からどうなる事かと思ったけれど、大事に至らなくてよかったぁと胸を撫で下ろす。胸を……ん?

 ほ、とか一息ついて胸に手を当ててみたのはいい。けど、違和感がそこに存在した。簡単で一目でわかる。でも確かに、まずい違和感が。


「何で、私裸なんだっけ……」


 昨晩、そう昨晩寝る前の記憶を掘り返す。うーん……疲れていたのか、まさか疲れるような出来事があったのか、何度も思い出そうとも出来なかった。

 うん、まーさか、まずい。

 問題は……起こせない。

 私は隣に視界を移した。


「……あ、おわった」


 隣には、心地よさそうに眠る毛布をかけた青髪の少女がいた。確認のために毛布を少し上げてみるが、自分と同じ状況だった。


「問題は起こさない、はずだったのに……」


 やっちった。

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