第一部

聖女召喚1日目

第1話 親友と王族

​本日、聖女を呼び出す儀式「聖女召喚の儀」が神殿にてり行われる。


​その神殿へと続く石畳いしだたみの道を行く、肩幅が広い長身の騎士がいた。

彼の名はエヴァン・クレイトン。


​彼はつい先日、聖女護衛騎士に任命され、聖女が召喚される今日が初任務だ。

身にまとっている聖女護衛騎士専用の白い騎士服が、緊張と誇らしさを胸いっぱいに湧き上がらせている。


エヴァンはこれから召喚される聖女へ思いを馳せながら、一歩また一歩と歩みを進めていた。


ーー「エヴァン!」


背後から名を呼ぶ大きな声が聞こえた。

エヴァンは後ろを振り返り、マントをひるがえす。


金髪ミディアムヘアの端正たんせいな顔立ちの男性が、笑顔でこちらに大きく手を振っている。


その男性を見て、エヴァンは思わず目を見開く。


(げっ、カイじゃねぇか! まさか、こんなところで会うなんて……。つーか、なんであいつ……、騎士団服なんか着てんだよ!?)


今のエヴァンには、カイに会いたくない理由があった。

戸惑いと緊張で身体が強張り、腰にたずさえたロングソードの剣帯具けんたいぐこすれ合い、カチャッと小さく金属音を立てる。


しかし、カイは嬉しそうに、細く柔らかな髪をふわりと風になびかせながら、こちらへ駆けてくる。


カイが目の前に来ると、エヴァンは即座に深々と頭を下げた。


「こ……、この度は、カイ殿下のご推薦により、聖女護衛騎士という名誉ある役職をたまり、ま、ま、誠に光栄に存じます!」


彼の名はカイ・ガレガルト。

何故か今はこんな身なりだが、ガレガルト王国の第三王子である。


エヴァンは気まずさで頭を上げることが出来ず、そのまま硬直した。


少し小柄なカイは腰を曲げ、エヴァンの顔を覗き込む。


しかし、エヴァンは真下を向いたまま、カイと目を合わせようとしなかった。


それを不満に思ったカイは膝を曲げてしゃがみ込み、エヴァンの顔を下から見上げ覗き込んだ。

そのせいで嫌でもカイの透き通るように綺麗な顔が、エヴァンの視界に入ってくる。


無骨なエヴァンの顔立ちとは大違いだ。


カイは無理やりエヴァンの表情を確認すると、その体勢でいつも通りに笑いかけた。

 

「ふふっ、やだなぁ、エヴァン。そんな、急に改まっちゃって……。もー、笑わせないでよ。ねぇ、いつも通りタメ口で話そうよ。この七年、ずっとそうだったでしょ?」


エヴァンはその言葉を受け止められず、頭を下げ続ける。


「い、い、いえ……、ま、まさか、第三王子でらせられるカイ殿下が身分を伏せ、騎士団に身を置かれていたとは、つゆ知らず……。た、たた、タメ、タメ口をきくという不敬の限りを尽くしてきたこと……。心より深くお詫び申し上げます」


(ハァ……、何も知らなかった頃に戻りてぇよ……)


エヴァンが切実にそう思うのも無理なかった。


カイはエヴァンの騎士団内でのライバルでもあり、かけがえのない親友のはずだった。


しかし先日、二人の関係が大きく変わってしまう出来事があったのだ……。




ーー二人の出会いは、王都の騎士団。


エヴァンは小さな村から己の腕一つで身を立てるべく、十二歳で試験を受け王都の騎士団に見習いとして入団した。

それ以来、毎日鍛錬を怠らず切磋琢磨し続け、一年が経った頃にカイが入団してきた。


一つ年下のカイは、時折目が離せないような抜けた一面があり、弟のように手を貸していた。

しかし、その目の離せない一面からは想像出来ないほど頭が良く、エヴァンが困っている時には、カイが知恵を貸してくれた。


​(今にして思えば、一般人じゃ無縁の高等な教育を受けていたから頭が良いのは当然で……。抜けてたのは、ただの世間知らずで、生活能力が欠如してたからだろうな……)


そんなカイはエヴァンにとって、唯一無二の心から気を許せる存在になった。


それから長い年月が経ち、二十歳になった今。

エヴァンは騎士団の若手の中でも、頭一つ飛び抜けて強くなっていた。

そして先日、聖女護衛騎士という大役に任命されたのだ。


最初は「何故、俺に? もっと相応しい人が他にいくらでもいたはず」と戸惑ったが、若くして功績を認められた自分を誇らしく思った。


しかし、この人選がとある王族の推薦によって決まったと聞いた瞬間、

エヴァンは驚愕した。

なぜなら、その王族がカイだったからだ。


エヴァンはその日初めて、七年ともに過ごしてきたカイが王族であることを知った。


そして、その衝撃を受け止め切れないまま、正式な任命の日が来た。


王宮の謁見えっけんの間でエヴァンを紹介するカイは、普段とはまるで別人だった。

凛とした立ち姿は威厳に満ち溢れ、近寄りがたいほどの気高さを漂わせていた。


そんなカイを見た瞬間、エヴァンの胸に鉛が沈むような感覚が広がった。


その後エヴァンは、今後カイとどう接していけばよいか悩んだ。


七年もの間、エヴァンは「親友」であるカイにタメ口で話してきた。

けれども、カイが「王族」であることを知った以上、身分をわきまえるべきだ。


「王族」と「親友」、どちらとしてカイと接するべきなのか、と……。




ーーそして答えが出ないまま、今まさに、その決断をする時が来てしまった。


エヴァンはこれ以上の不敬を重ねないため、身分をわきまえて接することにした。


しかし、普段通りに接してくれないエヴァンを見て、カイは眉をひそめている。


(そんな顔されても、俺どうしたらいいか分かんねぇよ……)


気まずい空気が、二人の間に流れた。


しばらくして、カイは静かに立ち上がり、大きな溜息をつく。


「ねぇ……。とりあえず、頭上げてくれないかな?」


そう言われてエヴァンが頭を上げると、いつも明るいカイが、暗い表情で嘆くように呟く。


「僕が『頭上げて』って言わないと、頭も上げられなくなっちゃったの? そんなの……、嫌なんだけど……」


そして、カイはエヴァンの瞳を見つめて


「あのね、エヴァン。僕が身分を伏せて騎士団に居たのは、王族ではない僕として居られる場所が欲しかったからなんだよ。王位継承争いとか、派閥争いとか、色々考えたくないことばかりで、息苦しくて仕方なかったんだ……。でも、そんな中で君と出会えて一緒に過ごした時間は、僕にとって、とてもかけがえのないものなんだよ」


と言うと、そのまま切なそうに


「……だから、君にそんな風にされたら、僕、悲しいな。僕達、もう親友ではいられないのかな?」


と、訴えかけてきた。

その表情を見て、エヴァンの頭の中をカイとの思い出が駆け巡る。


(……俺も、カイと変わらずにいたい。なのに、こうまで言ってくれるカイを俺が拒絶するのは、おかしいよな……。俺が気にしねぇようにすりゃ、今なら元に戻せる……。悩むことはねぇはずだ……)


エヴァンは今のカイとの新しい友人関係を、受け入れようと心に誓う。


「カイ、俺もお前と親友でいたい。悪かった……。俺、急にお前が遠い存在になった気がして、気持ちが追いつかなかったんだ。それと、聖女護衛騎士のこと、俺を選んでくれて本当に感謝してる」


それを聞いて、カイは首を横に振り


「違うよ、お礼を言いたいのは僕の方なんだよ。母上が、僕を聖女護衛騎士にして自派閥内の権威けんいを高めようとしていたんだけど、僕、それに巻き込まれたくなくて……。それで……、先回りして、君の方が適任だって父上に進言したんだよ。だから、とても助かったし、君が喜んでくれているなら僕も嬉しい。ありがとう、エヴァン」


と、優しく微笑む。


(俺が嬉しいだけじゃなくて、カイの助けにもなれてんなら、こんな最高なこと他にねぇよな……)


「そうか。なら俺、期待に応えられるように頑張るからな」


エヴァンは胸に沈んでいた鉛が取れた気がした。

その途端に、カイの身なりが妙に気になってくる。


「にしても……、なんでお前、こんな重要な日に騎士団服なんか着てんだよ」


「あー……、今ね、母上の小言から逃げてるんだ。それと……、これなら君がいつも通り話してくれるかな?と、思って着て来たんだけど……。ふふっ、でも、あまり効果なかったね」


そう言って、カイは少し照れくさそうに笑った。


(俺が気負わねぇように、気使ってくれてたってことか……)


エヴァンはこそばゆさを感じ、これ以上身なりの言及をするのを止め、

溜息混じりで呆れる。


「小言から逃げてるって……、大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ。そんなことより、早く行こう。ほら、聖女の護衛騎士様が早々に遅刻するなんて、恥ずかしいでしょ!?」


そう言いながら、カイはからかうように急かした。


二人は他愛のない話をしながら、神殿へと続く石畳の道を一緒に歩いていく。


ーーしばらく歩くと、目の前に神殿の巨大な扉が見えてきた。

二人は扉をくぐり神殿の中へと、足を踏み入れる。


神殿の中は古びた石造りで、ひんやりとした冷たい空気がほおでた。


奥の壁には大きなステンドグラスがはめ込まれ、そこには女性の姿が描かれている。

そこから差し込む光は、これから召喚される聖女を歓迎するように、広間にある祭壇を照らしていた。


​広間には王族と召喚に関わる司祭や神官の他に、多くの貴族が集っていた。

彼らはそれぞれ会話を楽しんでおり、祭壇付近では神官たちが慌しく儀式の準備をしている。


召喚開始まで、まだ少し時間がかかりそうだ。


エヴァンは、ステンドグラスに描かれている女性をジーッと見つめる。


その女性は、白いたれそでの服に、丈の長いスカートのように見えるほど深いひだの入ったボトムス、腰より長い黒髪、周囲にはたくさんの精霊を連れている。


「これが、聖女様か……」


「うん、伝説の聖女クレエミナ。彼女は四百年前、魔王によって世界が崩壊の危機にひんした時に召喚され、世界を救ったという聖女様。ここは、彼女を信仰する宗教の神殿だから、彼女の像や壁画も多く残されているよね」


それを聞いて、エヴァンは辺りを見回す。


よく見ると柱にも聖女の戦う神々しい姿が、彫り込まれている。

エヴァンは、それらを見ながら


「その聖女様は、俺達の生活を支えている魔道具も生み出したんだろ? 

すごい|御方だったんだろうな」


「そうだねぇ」


「今日、召喚される聖女様も、きっとすごい御方なんだろうなぁ……。隣国で『数年以内に、魔王が再来し世界を混沌の渦へと誘う』って預言があったから召喚すんだろ?」


「そうだよ。隣国の予言はほぼ必中だからね。それで、各国それぞれ世界を守るため対抗策を講じることになって、僕達の国は、聖女召喚をり行うことにしたんだ。四百年前のこともあるから、この召喚は僕達の国だけじゃなく、他国から多くの期待もされているんだよ」


(多くの期待、か……)


それを聞き、エヴァンは急に不安になる。


「……もし、今回の召喚が失敗したり、おまもり出来ねぇと、世界が滅びるのか?」


「うーん……。予言通り魔王が再来したら、……可能性はあるね」


(召喚される聖女様はどんな御方だろう……。俺程度がお護り出来るような御方なのか?もし、護れなかったら、この世界は……)


エヴァンに重圧が押し寄せ、押し潰されそうになり黙り込む。


その表情を見て、カイは安心させるように


「大丈夫だよ。もし、召喚や聖女に何かあったら……」


と言ったが、途中からクスッと笑い冗談めかして


「他国から僕達の国が非難されて……、世界より先に、この国が滅ぶから!」


と、笑った。


空気を読まない冗談に、エヴァンは大きな溜息をつく。


「いや、全然大丈夫じゃねぇよ……」


「まぁ、冗談はさて置き……。万が一が無いように、今回の召喚の準備は王家と教会関係者総動員で念入りにやったんだよ。それに、召喚後の体制も整えてあるし」


そう言って、カイは穏やかにエヴァンの瞳を見つめながら励ます。


「世界のことは、君が一人で背負うことじゃない。君は、目の前の聖女のことをしっかり護ればいいんだよ。困ったときは、僕も力になるから安心して」


それを聞き、エヴァンは安堵する。


だが、カイは再びクスクスと笑いながら冗談めかして……。


「あー、でもぉ……。ふふっ、僕、この準備でとーっても疲れてるから……、今寝たら、魔王が再来するまで起き上がれないかも……」


「俺の一番の困りごとは『お前が起きねぇこと』になりそうだな……」


エヴァンが呆れ果てていると、カイは「ふふっ」と楽しそうに笑った。


(こんな緊張感ある日にも、冗談言えるなんてカイらしいけどな……)


その励ましと冗談で、エヴァンの不安な気持ちが和らいだ。

 

(はぁ……、ったく、俺も今更何を不安になってんだ。任命の日、陛下やカイの前で誓っただろ……)


エヴァンはステンドグラスの聖女を見つめ、改めて「聖女を護る」という決意を固め直す。

その様子を見て、カイは安堵したように静かに微笑み、ただ真剣なエヴァンをそっと見守った。


ーーしばらくして、祭壇の前の神官たちは準備を終え、広間の人々が会話を控え始めた。


すると、高齢で開いているか分からないほど細い目の、白く長いひげを生やした大司教が、祭壇に上がった。

大司教は手で髭を触れながら、儀式始まりの合図をする。


期待と緊張の入り混じった空気がその場を支配した。

エヴァンの心臓も強く脈打ち、ゴクリと唾を飲み込む音が大きく耳に響く。


祭壇で神官たちが輪をなし呪文を唱え始めると、その足元の魔法陣は青白く輝きだした。

その輝きは徐々に強さを増し、光で神殿内が包まれていく。


その時……

隣に立つカイは、それを見ると一瞬目を見開く。


「え、青白い光……?」


カイの呟きは呪文の詠唱にまぎれ、エヴァンには聞こえなかったが、その横顔には困惑の色がよぎったように感じられた。


光はどんどん強くなり、目の前が真っ白な光で包まれて、眩しさのあまりエヴァンは目をつむった。

神官達の呪文だけが、その中で激しく響く。

その響きが、エヴァンの高ぶった心を更に震わせていった。




※※※あとがき※※※


第1話を最後まで読んでいただき感謝致します。


第0話のお知らせにも書いてありますが、本日(2026/01/01)から1週間で第23話まで一挙公開します。


本日は、第4話までです。


時間帯は、第2話13〜14時頃、第3話16〜17時頃、第4話は19〜20時頃投稿します。


「続きが気になる!」という方は、是非「フォロー」してお待ちいただけると嬉しいです。


※※※※※※

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