薫の恋物語 (薫 IF 同じ匂い、見る景色、過ごす時間)

水海リリィ

第1話

 あたし、曽場薫そばかおるには好きな人がいる。

 その人は高校からの同級生だが、会話し始めたのは高三の中盤頃だ。

 顔はタイプではない。

 そこから数年が経ったが、あたしの職場兼実家であるうどん店とあいつの職場が近いこともあり、交流が続いている。

 好きになったのは……最近だろうな。

 少なくとも出会った当初は好きではなかった。

 長く過ごしてきたからこそ、あいつの味が分かってきたのだ。

 その男は今何をしているかというと。


「曽場、水のお代わりが空だぞ」

「ったく、こっちによこせ」


 水を入れたピッチャーを渡すと、軽く頷いて自分のコップに注いだ。

 昼ご飯時にうどんを呑気に食べているこの男は近藤優こんどうゆう、あたしが好きな男で、こんちゃんと呼んでいる。

 真冬の凍えるような日に冷やしたぬきうどんなんてものを頼んでいる男だ。

 作るのはあたしだ。

 親父と二人でやっている店だが、あいつの頼む飯だけはどんなに水が冷たくても絶対にあたしが作ることにしている。

 うまいと言ってくれるから。

 ほかに客もいないから、あたしは近ちゃんの前に座った。


「曽場、今日は晴れてよかったな」

「おいおい、あたしら高三からの仲だよな。いい加減、天気以外の話はないのか?」

「じゃあ、この店の空席をどう埋めるかの話でもするか?」

「喧嘩売ってんのか」

「悪いって。この店は大好きなんだよ。長くやって欲しいんだよ」

「……そっか」


 あたしは三角巾を取って髪の毛をわしゃわしゃと掻く。

 短髪金色がトレードマークで、高校時代から変えてない。

 エプロンは黒色でここでの、あたしのユニフォームだ。

 古びた飲食店に入り、一番最初に会う人間が金髪で、それに加えあたしのキリッとした目や言葉使いで感じの悪さがトリプルパンチで増す。

 つまり、怖い系といっていいだろう。

 その結果、店内がガラガラだ。

 それでも、近ちゃんはあたしに恐怖心を抱くこともなく接してくれる、親父以外の人間である。

 友人がほとんどいないあたしにとって、大切な人だ。


「なぁ、近ちゃん。この映画知ってるか?」


 店内のテレビで映画のコマーシャルが流れていた。

 最近流行している恋愛映画である。

 こう見えてもあたしはアウトドア派で遊ぶことが大好きで、映画やカラオケ、スポーツ観戦、ショッピングなどいろいろなことが好きだ。


「タイトルは耳にしたことがある」

「見に行きたいなぁ」

「行けばいいんじゃないか? 人手不足とはいえ休みはあるでしょ? いっつも遊びに行って金を溶かしてるって大将から聞いてるぞ」


 この店の大将である親父の告げ口が少し恥ずかしいが、今さら知られたわけでもない。


「行くよ」

「ん。感想教えてな」

「……ポップコーン、一人じゃ多いんだよな~」

「Sサイズあるだろ」


 近ちゃんは、恋愛ごとに関しては鈍感男の代表と言ってもいいぐらい鈍感だ。

 他の、人のピンチには颯爽と解決するようなタイプで、責任感も強い。

 しかし、恋愛ごと、特にあたしからの好意には見向きもしてくれない。


「近ちゃん!」

「ん?」

「次の土曜日、映画、付いてこい」

「……は?」


 あれ、あたし、何をいっているんだろ。

 今日に限ってド直球に遊びに誘っている。

 そもそも近ちゃんと遊びに行ったこともないのに。

 おかしいな。


「まぁ、いいか。土曜日、駅前でいいか?」

「……あ、うん。ど、土曜日。え、駅前に、14時」


 誘いに乗ってくれるとは思っていなくてうまく言葉が出なかった。

 心臓がバクバクと動いていて、今日のあたしは本当におかしい。

 それと同時に、溢れんばかりの嬉しさも感じる。


「分かった。じゃあ、会社戻るから、これ、お会計な」

「お、おう」

「ああ。ごちそうさまでした」


 代金を受け取り、近んちゃんが出口へと歩いていく。

 彼の背中が少しずつ遠ざかって行くのを見ると、あたしは一歩、二歩と追いかけ、彼の肩を掴んだ。


「……近ちゃん!」

「どうした……あ!。釣りをもらってないや」

「ああ、釣りな。ほれ500円」


 ポケットから500円玉を取り出し彼の手に差し出した。

 その時、彼の手のひらに少しだけ触れた。


「曽場の手、冷たいな」

「誰のせいだと思ってんだよ」

「俺のせいだな。いつもさんきゅ」

「……ああ。こちらこそありがとよ」


 彼は誰に対してもフラットに接する人間だが、あたしには多少緩く接している。

 そんな近ちゃんが、あたしに対してたまに見せる素直な感謝やその笑顔がドキッとさせる。


「午後も頑張れよ……あと……」

「どうしたんだ、今日は。いつもは天気の話と天気の話しかしないのに」


 彼の言うように、今日のあたしはどうかしている。

 離れたくない、もっと話していたい、一緒にいたい。

 しかし、それを直接言うのは流石に恥ずかしいし、彼を困らせるだけだ。


「近ちゃんの会話のレパートリーがないだけだろ。それはともかく……」


 あたしは近ちゃんの頬を軽く両手で覆った。

 あったかい。

 目の前の近ちゃんは目を丸くしている。

 あたしはあたしで、らしくないことをして顔がゆであがった。

 特に用もないのに引き留めてしまっている。

 それはともかく……何だ。

 何を言えばいいんだ、この状況で。

 すると、最近読んだネット小説のことを思い出した。


「い、犬とか猫とか家の前にいても拾うなよ!」

「犬? 猫?」

「女と赤ん坊もだめだぞ!」

「なんのこっちゃい。それが言いたくて引き留めたのか?」

「……そういう小説を読んだんだよ。近ちゃん、あたし以外には優しいからころっと拾っちゃうんじゃないかと思って……」


 彼の頬から手を放すと、彼の目を見ることはできないが、胸をなでおろした。

 不自然ながらも引き留めた理由を繋ぐことができた。

 たまたま目にしたネット小説も役に立つものだ。

 すると彼が「曽場」と呼び、顔を上げると、白い何かをあたしに向けポーンと下投げした。

 まだあたたかいカイロだ。


「曽場にも優しいだろ?」

「……そうだな。これであったかくなりそうだな」

「手冷たくさせて悪いな。曽場が麺を締めるとうまいからな」


 彼が店から出ていくと、力が抜け、そのままイスに座り込んだ。

 貰ったカイロを両手で揉み、それを自分の顔に当てた。


「近ちゃん……好きだ……」


 あたしは、今日、勇気を出した。

 でも、どうかしているぐらいが、丁度良かったのかもしれない。

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