第8話 再演の檻
「まさか」
「‥‥‥‥」
どうにも彼女の意図が分からない。
四つ足の折り畳み式のテーブルをひろげて、そこにお茶を出す。
彼女は黙って何回か口をつけた。
「千景さんとは、ちゃんと話をしたかったんです。姉があなたのことを、どれだけ尊敬していたか‥‥何度も聞かされていましたから」
ずっと黙っていたかと思えば、急に話しだす。
「姉は、あなたといるときが一番幸せそうでした」
「で、結局、用事は何?」
「実はお願いがあってきたんです」
「お願い?」
「姉が最後に出演していた舞台、覚えていますか? タイトルは《月下の檻》‥‥千景さんが主演で、姉が準主役を務めていたあの作品です」
「‥‥覚えてるわ」
もちろん忘れるはずがない。あれが、私たち三人で関わった最後の舞台だった。
「その再演が、今、計画されているんです。地方公演じゃなくて、新しい形でのリブートって形で」
「‥‥再演?」
「はい。プロデューサーは、有馬航生です」
心臓が、ほんの一瞬、鼓動を止めたような錯覚に襲われる。
よりによって私と璃久が最後に出た作品を、またあの男が‥‥。
どこまで……私を……璃久を貶める気なのだろうか。
「…………」
「……関係者の間ではもう話が動いていて‥‥その中に、私もスタッフとして加わっています」
「あなたが?」
「はい、あれから業界で働く事になりました」
「‥‥‥‥」
‥‥なるほど、慧の‥‥彼女の挙動の違和感が少しだけ納得できた。
業界にいると、少しづつ仮面をつけるようになる。それが璃久の妹となればなおさらの事だ。
種明かしがされた気分になって、ほっとする。
「そこで何ですが‥‥」
彼女の口調が変わる。声のトーンが一つ落ちた。
「その舞台に、千景さんも参加してほしいんです」
「え?」
「千景さんに、照明監修として戻ってきてほしいんです。表には出ない形でも構いません」
「何で私が⁈」
また有馬航生の為に働くなんて絶対に無理!
「慧さん! あなたも璃久を‥‥璃久はあいつのせいで自殺したのよ⁈ どうしてそんな奴の為に‥‥」
「違います。復讐したいんです」
その言葉はあまりにもはっきりしていた。
まるで台詞のように整っていて、でもどこか空虚で……だからこそ得体のしれない何かを感じた。
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