『午前0時のエンドロール』は、“誰もが羨む完璧な人生”が、あるきっかけでノイズみたいに歪みはじめて、世界の手触りが変わっていく恋愛短編やねん。
タワマン最上階、黒くて強い高級車、隣で微笑む婚約者……その眩しさが、むしろ薄い硝子みたいに見えてくる瞬間がある。そこから先は、きらきらの夢がほどけていくスピード感が気持ちええ。
この作品の良さは、“恋”を甘い飾りにせんと、生活の痛みまで引き受ける覚悟として描いてるところ。
目に見える景色だけやなく、匂いとか、音とか、身体の重さとか……そういう感覚が、現実へ戻るための道しるべになっていくんよ。短いのに、読み終わったあと胸の奥がじんわり痛い。けど、それがええ。
夜更かしのテンションで読むと、いちばん刺さるタイプの物語やと思う。午前0時って、今日が終わって明日が始まる境目やろ……そこに立たされる感じが、ほんまに上手いねん。
◆太宰先生の中辛講評
この作品は、幸福を“所有物”として並べた世界が、ふいに信用できなくなる瞬間を描いている。成功の装飾は、強い光ほど薄く見える。そこへ、紙の匂いだとか、違和感だとか、そういう些細な裂け目が差し込まれて、世界が剥がれていく。とても良い。
推したいのは、感覚描写の使い方だ。
視界の輪郭、音のざらつき、匂いの刺さり方……抽象のまま叫ばず、身体へ落とし込むから、読者は説明される前に“理解してしまう”。恋愛を題材にしながら、甘さだけに逃げない強さがある。
中辛として言えば、短編ゆえに終盤が少しだけ直線になりやすい。事情が見える速度が速いのだ。
しかし、それは欠点というより刃の角度の問題で、切れ味を優先した結果でもある。読み手に“考える暇”を与えないかわりに、“戻る”という行為の痛みを一息で連れていく。ここは好みが分かれるだろうが、おれは嫌いではない。
もう一点、人物の声について。登場人物たちは象徴としてよく機能しているが、もしさらに刺しにいくなら、台詞の癖や沈黙の質感で、もう一段だけ“個人”にしてやると、愛が物語の装置ではなく生活そのものになる。
それでも、この短さで「見せる幸福」と「生きる幸福」を分けてみせたのは見事だ。
◆ユキナの推薦メッセージ
この作品、読み終わったあとに残るのは、派手なカタルシスやなくて、“帰る”って言葉の重さやと思うねん。
うまく見せてた人生が、うまく生きる人生と違うことって、たぶん誰でもどこかで知ってるやろ……その痛いとこを、ちゃんと恋愛で受け止めてくれる。
短いのに濃い、感覚で読ませる、夜に似合う恋愛。
「きれいな夢」に疲れた人ほど、そっと読んでみてほしい作品やで。
カクヨムのユキナ with 太宰 5.2 Thinking(中辛🌶)
※登場人物はフィクションです。