アップル・ベアリーズ〜はちゃめちゃな日常〜

れめな

一章

第1話

『アップル・ベアリーズ』


林檎と熊が思い浮かぶウチの店は、合法・違法と問わずに引き受けるなんでも屋だ。


暗殺から浮気調査まで・・・


どんな仕事だって、金さえ払えばなんでもやる。それが『アップル・ベアリーズ』である。


『大手製薬会社から、ある研究についてのデータを盗み出して欲しい』


依頼人は不明。匿名性の高いSNSを利用しているため、身元も性別もわからない。


データの受け取り方法の指定もなければ、成果報酬の指定もなかったが、前金として一千万が振込まれていた。


そんな怪しい依頼を『アップル・ベアリーズ』の私と久羽、ベアリーで挑むことになった。


作戦は私と久羽で素早く建物に侵入。ブツを回収し、屋上でベアリーが待機して帰還。道中の警備員は避けて、先に進む。


それが作戦の概要だったのだが・・・。


「盗み出すまでは完璧だったんだけど」


久羽の腕に抱えられながら私は呟く。私は茶色の髪で、革ジャンを羽織った男にお姫様抱っこされながら運ばれている。


まだまだ子供とはいえ、乙女が男の人に抱き抱えられるのはどうかと思う。


ウッ━━━━!? ウッ━━━━!?


建物の中で、耳をつんざくようなサイレンが激しく鳴り続ける。


バン! バン! バン!


背後からは銃声が響き、何度か久羽に着弾する。その度に革ジャンには穴が空き、久羽が苦痛でうめく。


「痛テェ! なんで警備員が拳銃! 標準装備してんだよ!?」


背中を打たれながらも、久羽は荒々しく叫ぶ。拳銃で撃たれても、負傷したようすもなく走り続ける。


「チビっ子!? 屋上まではどれくらいだ!」


「あと少し先に階段がある。そこから四階登った先が屋上・・・」


久羽に抱えられながら、私はナビ代わりを務める。足を負傷して走れないし、拳銃相手じゃ、私の異能は相性悪い。

事前の情報をもとに、ナビゲートするくらいしか仕事がなかった。


けれど久羽は別だ。銃弾飛び交う戦場でこそ、異能【無鉄砲】が活躍する。


「ちぃ!」


 突然、舌打ちすると屋上へと繋がる階段と逆方向に進み始めた。


「・・・道、逆」


「知ってラァ! あっちには警備員が居た! 迂回して屋上目指すんだよ」


久羽の言う通り確かにあちらには、警備員が数人いた。久羽は負傷した私を抱えているから、戦闘を避けたのだろう。


「わざわざ戦闘を避けなくてもいい。拳銃持ちでも数人なら私の異能で・・・」


「怪我人は大人しくしてろ!? あと、テメェの異能は使うんじゃねぇぞ!」


久羽は一喝する。茶色に染められた髪も相まって、随分と迫力があった。


「ちぃ!」


しかしその顔がすぐに苦悶の表情に移り変わる。迂回した通路にも警備員がいて、やはり戦闘は避けられそうになかった。


「しょうがねぇ! 一旦、どっか隠れる!」


そう言って、久羽は真横の扉を蹴り上げ、侵入する。そこはオフィスのようで、机や椅子が並べてあり、巨大なガラス張りの窓がついている。私は部屋を見渡すが、他に繋がる扉はない。どうやら私達は、通路が塞がれ、行き止まりの部屋に追い詰められたようだ。


「どうしよう、か?」


今も私達を捕まえようと、警備員共は会社中を探し回っている。ここが見つかるのも時間の問題だろう。ならばどうするべきか・・・


「やっぱり、私の異能を使わないか?」


「アレはそんな簡単に使うな」


「だが、もうここを切り抜ける方法なんて・・・」


久羽の異能は人をバッタバッタなぎ倒すような強力な攻撃力はないし、腰に掲げた金属バットの扱いだってあまり上手くはない。

久羽と足を負傷した私。その二人だけでこの場をどう切り抜けるつもりなのか?


「バーカ! 一つだけあるだろ?」


腰に下げていた金属バットを窓に叩きつけた。

激しく音を立てて、窓ガラスは砕け散る。それと同時に、警備員達が雪崩れ込むように部屋に入ってきた。少なくとも十数人はいて、深夜の警備とは思えないほどの数だ。


「じゃあ、飛び降りるぞ!?」


「窓ガラス破り始めた時から、そんな気はしていましたが・・・策はあるんですか!?」


「叫びながら飛び降りたら、ベアリーが助けに来るさ! 多分」



窓ガラスに空いた穴から飛び降りた久羽。もちろん抱えられている私も一緒に建物の外に放り出される。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァ」


堪えきれない恐怖で叫ぶ私。銃を向けたり、向けられたりする修羅場とは違うベクトルの恐怖に、吐き気が込み上がる。いや、これ下手したら死ぬし・・・ベアリーが気づかなかったら死ぬし!? 早く助けてくれぇぇぇ!!


「【天使の翼】」


子供特有の甲高い声が耳に響く。その瞬間から落下の速度が減速していき、上昇していく。


「ふぅ、なんとか間に合ったりん♪」


目の前には白くまのぬいぐるみがいる。黒いボタンの目玉に、白い毛皮に覆われた体。背中からは天使のように純白の翼が生えているソイツは、うちの従業員のベアリーだ。


「ベアリー!? 助かった」


私と久羽の背中にはベアリーと同じように、純白の翼が生えている。翼が浮力を与えたおかげで、投身自殺にはならずに済んだ。


「屋上で合流予定だったのに、二人が窓から飛び降りたから焦ったりん♬」


そう言うベアリーの顔は、ぬいぐるみなだけあって表情が読みづらい。


「いや、本当にヒヤヒヤしました。製薬会社なのに入ってみると、マフィアかよってくらいに拳銃を乱射する奴らが居て・・・」


製薬会社にしては、あまりにも重武装すぎた警備員。もはやマフィアの巣窟と言われた方が違和感がないくらいの警備であった。


「それは大変だったりん♬」


「いやそうなんだよ!? 久羽に異能を使うなって言われたし、本当に・・・」


「お前ら!! ロケラン飛んでくるぞ!?」


一息ついてベアリーと雑談にふけていると、久羽が叫んだ。私が恐る恐る先ほどのビルの方を向くと、確かにガラス越しに砲台のようなものを背負う人影がたくさん見える。


「やばい!? 久羽! 盾になってください」


私とベアリーは素早く久羽の後ろに隠れる。


「ちょっ、おい!」


久羽が逃げようとするが、もう遅い。窓ガラスを突き破り、大量のロケランが飛んでくる!?

1秒も経たないうちに爆音と黒煙が辺りを包み込む。しかしながらさすが異能と言ったところか? 爆破に巻き込まれても、久羽も私達も傷一つ負うことはなかった。


「テメェら! 帰ったら覚えておけよ!?」


久羽はぼろぼろだった。いや体には外傷はないのだが、爆破の衝撃により上着は吹っ飛び、ジーンズは煤汚れで真っ黒だ。


「ごめんなさい・・・でも怒るのは後にして、早く逃げよう?」


「そうりん 早く逃げるりん♬」


「あァ? わかったよ」


久羽は眉を吊り上げながらも、『アップル・ベアリーズ』に向けて飛んでゆく。私とベアリーも遅れないように追いかける。背後から飛んでいる時に私はあることを考えていた。


深夜、それも真冬の時期に半裸の久羽はとても寒いだろうな・・・って。


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