ドラゴンキャッスル~城ゲーやってたら異世界に転移したっぽい~
なすちー
第1話 ドラゴンキャッスル
「――若様、火急の報告にございます」
重厚な扉を突き抜け、銀髪の老執事が滑り込んできた。その足取りは音もなく、しかし焦燥の色を隠せていない。
「南の森より多数の軍勢が接近中。掲げる旗は『帝国』のもの。装備を見るに、友好の使者とは思えませぬ」
今度は窓の外から桃色の髪を揺らした少女が飛び込んできた。
「主様ーっ! のんびりお茶してる場合じゃないですよー!」
少女はバルコニーの縁に飛び乗ると、北の空を指差す。
「北から飛竜の群れ、それに見慣れない巨大なドラゴンまでいっぱい飛んできてます! 」
「…………南に、北か」
主と呼ばれた若い青年が椅子の肘掛けを叩いた瞬間、部屋の隅、影の中から一人の男が静かに滲み出してきた。 プラチナブロンドの長髪をなびかせ、牙を覗かせながら不敵な笑みを浮かべる貴族風の男だ。
「……ふん、慌ただしいことだ。だが主よ、西からも何やら騒がしい軍勢が向かってきているぞ。重装歩兵に魔導師団……」
南から帝国軍。 北から竜の軍勢。 西から魔導軍団。
「いいだろう。――全軍、迎撃準備。我が軍の恐ろしさを、その身に刻んでやれ」
―――――
『ドラゴンキャッスル~世界の覇者~』
かつて、この世界の空は五頭の巨竜によって分かたれていた。
彼らは覇権を求め、永きにわたり互いの牙で大地を裂き、海を焼き、世界を荒廃へと追いやった。
やがて、果てなき闘争の果てに竜たちが眠りについたとき、世界にようやく静寂が訪れるかに見えた。
しかし、その静寂は新たな動乱への序曲に過ぎなかった。
眠れる竜の血を引きし五つの種族――ヒューマン、エルフ、ドワーフ、アルケミスト、アンデッド。
かつての古龍たちがそうしたように、今度は彼らが、この地に新たな混沌を招こうとしている。
ひと昔前に一世を風靡したそのシミュレーションRPG、『ドラゴンキャッスル』には、熱狂的な支持を集めるに足る独自の魅力があった。
このゲームがこれほどまでに愛された理由は、大きく分けて二つある。
第一に、ハードを選ばない圧倒的な最適化だ。 最新のPCから旧世代のスマートフォン、はたまたガラケーでもプレイでき、どんな環境でも淀みなく動く軽快さは、爆発的なユーザー数の獲得に繋がった。
第二に、「時間が止まらない」というリアリティだ。 プレイヤーがログアウトしている間も、ゲーム内の時間は現実と同期して進み続ける。農作物は育ち、施設は建設され、時には敵軍が国境を脅かす。この当時としては斬新だった放置型要素が、プレイヤーに「自分がいなければ、この国は回らない」という強い帰属意識を植え付けた。
ゲーム性はいわゆる「城ゲー」をベースとしている。 プレイヤーは五つの種族から自勢力を選択するが、そこから先のプレイスタイルは完全に自由だ。
兵士を量産し、武力をもって他国の領土を蹂躙する「覇道」。
都市開発と資源生産に心血を注ぎ、豊かな大地を育む「農道」。
希少な武具やアイテムの交易を掌握し、金貨の力で世界を動かす「財道」。
攻略に「唯一の正解」など存在しない。 遊び方の幅が無限に広かったからこそ、多くのプレイヤーが理想の国家像を追い求め、この広大な仮想世界に自らの人生を深く、深く没入させていったのだ。
しかし、このゲームには避けて通れない大きな「壁」があった。
多少の課金要素こそあれど、本質的には『TimeToWin』――つまり、プレイ時間の長さがそのまま絶対的な強さに直結する設計だったのだ。
それゆえ、サービス開始時から積み上げてきた先行プレイヤーと、後発組との間には、絶望的なまでの戦力差が生まれてしまった。
一度開いた溝は埋まることがなく、新兵たちが古参兵に一方的に蹂躙される光景も珍しくはなかった。
運営側も手をこまねいていたわけではない。
新サーバーの定期的な開放や、獲得経験値を大幅に引き上げる初心者救済キャンペーンなど、懸命なテコ入れを繰り返した。
しかし、一度定着した「先行有利」のイメージを覆すには至らず、新規プレイヤーが定着しないまま、緩やかな人口減少に歯止めをかけることはできなかった。
◆◆◆
「ついに、全サーバーサービス終了か……。長いようで、本当に、短い時間だったな」
深夜の静寂に、誰に届くともない独り言が溶けていく。
人生の半分と言っても過言ではない時間を、この『ドラゴンキャッスル』に捧げてきた。
血気盛んな友人たちとクランを組み、怒号と歓喜が入り混じる大規模戦争に身を投じたあの日…。
仕事中も、隠れて拠点の安否を確認しては、同僚には見せない熱を胸に宿していた。
そこは単なるデータの集まりではない。私にとっては、間違いなく「もう一つの現実」だったのだ。
「……本当に、楽しかったなあ」
カウントダウンの数字は、あと一時間を切っている。
最後の一秒、強制ログアウトの瞬間までこの世界を見届ける。
そう決めて、私は椅子を立った。
冷蔵庫から、冷え切ったいつもの缶ビールを取り出す。
プシュッ、と小気味よい音が静かな部屋に弾け、プルタブが光を反射した。
喉を鳴らし、苦味を流し込む。
「くぅ~~……やっぱ、これだよな」
この喉越しも、この満足感も、明日からは少しだけ味気ないものに変わってしまうのかもしれない。
「最後に、自分の作った国を見回ることにしよう」
思い出が詰まった執務室、愛着のあるアバターを歩かせようとマウスに手をかける。
だがその瞬間、視界がぐにゃりと歪み、急速に意識が遠のいていった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます