第4話:第7支部の人員整理(リストラ)は、飴と鞭で
生卵一つに涙ぐむ支部長を見て、俺は改めてこの「第7支部」という名の泥舟の底の深さを思い知った。だが、問題は
(……おい。いつまで寝てやがる、そこの粗大ゴミども)
俺はヘルメットの奥で、部屋の隅に転がっている「黒い塊」を睨みつけた。アルティナ様の私室の隣。本来は待機室であるはずの六畳間に、三人の戦闘員が転がっていた。タイツは汚れ、ヘルメットは脱ぎ捨てられ、煎餅布団の中で死んだように眠っている。
「クロウ、あの……その子たちは、もうずっとあんな感じで」
アルティナ様が申し訳なさそうに言った。隣室の六畳間に転がっている三人の戦闘員が、聞き慣れない「名前」を耳にして、ぴくりと反応した。
「イー、イイーッ!(……なんだあいつ。新入りのくせに、支部長に名前で呼ばれてやがる)」
「イイッ、イーッ!(チッ、お気に入りかよ……)」
彼らが放つ嫉妬の混じった視線を、俺はヘルメットの奥で冷たく受け流した。
「私がいくら『侵略の計画を立てましょう』って言っても、本部のゲノム局長から『お前たちは廃棄予定の欠陥品だ』って言われてから、すっかり腐っちゃって……」
(……なるほど。予算を抜かれた上に、精神までへし折られた不良債権か)
俺は一歩、そのゴミ溜めのような待機室に踏み込んだ。一人は空になったワンカップの瓶を抱え、一人は古びたトレーニング器具を枕にし、一人は液晶がバキバキに割れたスマートフォンを弄っている。
チラリと画面を覗き込むと、そこにはアビスの末端構成員だけが隠れて集う、違法な匿名掲示板が表示されていた。
『【悲報】技術局のゲノム、また予算を私物化。俺たち使い捨ての身にもなれよ』
『↑ ほんとそれな。ドラクマの補給局も中抜きばっかだし、この組織もう終わりだわ』
(……ふん。永田町にもいたな。組織の公衆回線を盗んで、鍵付きの掲示板で身内同士の傷を舐め合うだけの無能が。こういう連中を動かすのは、大義名分でも忠誠心でもない。――実益だ)
俺は無言で、ボストンバッグから安売りのレトルトカレーと大盛りのパックご飯を取り出した。カチッ、とライターで火をつけ、湯を沸かす。やがて、スパイスの暴力的な香りが、淀んだ六畳間に広がった。
「イイッ!?(……あ? なんだ、この匂い)」
「イー、イーッ!?(おい、メシか? 支給品は明日までねえはずだろ……)」
ゾンビのように這い出してきた戦闘員たちの前に、俺は三つのカレーライスを並べた。ただし、彼らの手が届かない距離にだ。
「イーッ!(お疲れ様です、先輩方ッ! お近づきの印に、差し入れを持ってまいりましたッ!)」
俺は再び「マヌケな新人」の声を出し、全力で揉み手をしながら、アルティナ様すら見たことのないような卑屈な笑みを向けた。
「イー、イイーッ?(な、なんだお前、新入りか? これ、食っていいのかよ)」
「イーッ!(もちろんですッ! ただし……条件がございますッ!)」
俺はスッと、ボストンバッグから一冊のノートを取り出した。着任後三十分でまとめた「第7支部・業務改善案(暫定)」だ。
「イー、イイーッ!(このカレーを召し上がる代わりに、このボロアパートの清掃、および周辺の『集金ルート』の再確認を手伝っていただきたいのですッ!)」
「イー、イイーッ!(集金……? そんなもん、ドラクマの局に全部吸い取られてるだろ)」
俺はカレーの皿をチラつかせながら、先輩たちにしか見えない角度で、自分のスマホの画面を突きつけた。そこには低い地声を出す代わりに、冷徹な一文が打ち込まれている。
『お前らの掲示板の書き込み、ログから特定済みだ。ゲノム局長にバレれば明日は焼却炉。……俺に従えばログは消すし、明日はカツ丼だ』
戦闘員たちの肩が、ビクンと跳ねた。
「イー、イイーッ!(……やりゃあいいんだろ、やりゃあ!)」
「イーッ、イーッ!(清掃でもなんでもしてやるよ! だからカツ丼だぞ、明日は!)」
俺は満足げに頷き、再び「イーッ!」と叫んで、アルティナ様の元へ戻った。
「イーッ!(閣下! 全員、やる気に満ち溢れておりますッ! さっそく本日から、支部のリフォームを開始いたしますッ!)」
「ええっ!? すごいわクロウ! あんなにやる気のなかったみんなが……!」
俺は心の中で、秘書時代の冷徹な計算機を叩いた。まずは手駒の確保完了だ。
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