ep12 浄化のきもち(1)

 魔法の訓練は、順調に実を結びはじめていた。

 手のひらに集めた魔力が、日ごと素直に変化を遂げていく。

 

 他の魔法をひととおり発現させたあと、それを複雑化させたり安定させたり――毎日、少しずつ調整していくのが楽しかった。

 繊細なイメージが大切になる作業とのことだったが、案外向いていたようで、二、三度繰り返せば、感覚が掴めてきた。

 毎日少しずつできることが増えるたび、心が躍った。魔法というものが単純に面白かったのだ。

 ちゃんと制御できるようになれば、額からビームを出しても怒られないかもしれない。

 

 『お前って、ほんと感覚で生きてんのな。』

 

 友人たちのからかう声が、ふとよみがえる。

 あまりにも順調で、いよいよ浄化の旅が真実味を帯びてくる気配がしていた。


 もぞりとみじろぎすると、灰と紫のあいだに揺れる穏やかな瞳が、静かにこちらを見つめていた。

 藍色と、桔梗色と灰色と。階調的に広がる長い髪が、さらさらと朝日にきらめく。

 

 ――ほんとうに、きれいだな。

 

 夜明けをそのまま梳いたような――その色を見るたび、胸の奥でじわりと何かがうごく。

 気持ちにまかせて自分の髪が伸びたのも、きっとそのせいだと思う。

 

 ヒナタの伸びてしまった黒い髪は、ミレナが「切るなんてもったいない」と嘆きつつ整えてくれて、いまは腰のあたりで切りそろえられている。

 適度な長さになったせいか、セリアスに手で梳かれることも増えて――心臓にはすこし悪い。

 

「……おはよう、ヒナタ。」

「おはよ……。」

 

 朝のまどろみのまま、逞しい胸のぬくもりに頬を預けた。

 あの日、気持ちを確かめてからというもの――いつの間にか、隣で眠ることが二人の習慣になった。


 毎晩、何をするでもなく、話をして眠る。

 目が覚めたらセリアスの存在にほっとして朝が始まる。

 そんな日々が、気づけば続いていた。

 甘えている自覚はある。けれど、彼がまだ足りないとばかりに甘やかしてくれるのだから――今は、これがよかった。

 

「起きるか?」

「んーー…」

 ぐりぐりと胸に頭を擦り付け、もう少しまどろみを味わう。

「ヒナ。」

 最近、セリアスはたまにそう呼ぶ。

 特別に名をくれているようで、胸の奥がくすぐったい。

 降りてくる口付けはどこまでも甘くて、啄んでから、少しずつ深く――自然と身体の芯が熱くなる。


「……今日から、浄化の訓練だ。問題がなければ、旅も早まるだろう。」

 一拍おいて、彼は甘い中に真剣なまなざしを混ぜた。

 

 「その前に――そなたと、もっと長い夜を過ごしたい。」

 

 思わず、ぱちぱちと目を瞬いてしまった。

 それって、たぶん――“そういうこと”だ。


 視線を合わせて頷く。咄嗟に言葉に替えるだけの余裕はまだなかった。

 気恥ずかしさが彼にばれなければいいな、と思う。

 

 現状があまりにも健全すぎることは、ヒナタも理解していた。

 セリアスは二十一歳で、ヒナタは十八歳。

 こちらの世界での成年は十六歳。つまり、お互いに“その先”を思い描ける歳なのだ。

 

 けれど、リードする気持ちも経験もない。だから、流れに身を任せるしかないと思っていた。

 それがまさか、こんなに急にその言葉を聞くとは思わなかったけれど。

 だがむしろ、適切なタイミングなど分からないのだから、事前に心の準備をさせてくれるのはセリアスの誠実さだろう。


 行為に抵抗はない。あるはずもなかった。

 相手がセリアスであれば受け入れられる。ただそれだけのことだった。


「……俺も、セリアスに触れたくなった。」


 ようやく出た言葉を口にした瞬間、胸の奥にじんわりと火が灯った。

 態度には出さないようにと思いながらも、やはり少し動揺してしまう。

 その後のキスは、いつもより鼓動が跳ねて、身体中が熱くなった気がした。――たぶん、顔も赤い。


 セリアスが、いつもより甘い顔で、小さく笑った。

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