ひかりのそばで、またあした【完結保証(12/28最終更新)】

香澄京耶

ep1 あの日のこと

 ヒナタソラネがどんな人物かと問われたなら。

 

 ムードメーカーの友人Aは言う。

「ヒナタ? ん〜、そうだな。一言でいえば……明るいアホだな。まあ、オレは好きだよ。」

 

 留年して、強面で周囲に避けられていた友人Bは言う。

「物おじしないバカ。あいつ、多分、どんな閉鎖的な部族に放り込んでも生きていけるだろ。」

 

 いつでもマイナス思考で、暗い想いを抱えていた友人Cは言う。

「ガサツで、情緒がない。悩んでいる時に話さない方がいい。イライラするし、もっと落ち込むから。

 ……そりゃ、一周回って良い奴になる時にもあるかもしれないけど――決しておすすめはしないね。」

 

 親友Dは、いつもの調子で言う。

「親友っていうな。気持ち悪い。

 アイツなー、なんか知らんけど気づいたら場に馴染んでんだよな。順応力っての? アホだけど憎めないっていうか……。

 でもあいつ、雰囲気でねじ込むとこあるから……何回フォローしてやったか。

 悪友? いや、それにはアイツがアホすぎる。もっと知力のステータス上げて出直してほしいわ。

 短気っていうか、短絡的っていうか、世が世なら、江戸っ子的な感じだな。」

 

 想像したのか、Dは肩をすこし揺らして付け加えた。

 

 「――ま、憎めないやつだけどさ。」

 

 それ二回目、と突っ込む者は奇しくもいなかった。



 ヒナタは、黒い瞳と黒い髪を持つ、ごくありふれた日本人だ。

 苗字が名前のようだから、いつも『ヒナタ』と呼ばれている。『ソラネ』と呼ぶのは、家族や親戚くらいだ。

 

 『ヒナタ』と呼ぶ友人代表は、親友だ。

 たぶん、こいつがずっとそう呼んでいるせいだろう、とヒナタは思っている。

 

 高校の帰り道、親友が声を張り上げた。

 

「ヒナタ!明日忘れんなよー!ゲーム持ってくんの忘れたら、まじで全力デコピンな!」

「だいじょーぶだって!じゃーな!」

 

 「おまえの“だいじょうぶ”はあてになんねー」と聞こえたが、いつものことなので無視した。

 謝罪のプロを自称する自分に、抜かりはない。……たぶん。

 

 そんなことを考えながら、唐突に違和感を感じて首をひねった。

 いつもなら、うるさいほど車が行き交っているのに、今日はやけに静かだ。

 

 なんとなく橋の欄干に登り、辺りを見渡した。

 ぐるりと見渡しても、ついさっきまであったはずの生活の喧騒が、まるで消えたようだった。

 さっき別れたばかりの親友の後ろ姿さえ、どこにも見えない。

 

 戸惑いと共に、溶けた鉄のように赤い夕日が目に染みた瞬間、足を踏み外した。

 欄干を掴もうと伸ばした手が、無惨に空を切る。

 重力が一気に反転したようで、心臓が跳ね上がった。

 

 ――あー、この川って臭いんだよなぁ……。


 とっさに思ったのは、そんなことだった。

 もし制服が駄目になって、小遣いから払えと言われたら泣く。主に新作ゲームができなくなって。

 その時は親友からぶんどろう――そう心に決め、来るはずの衝撃に身を備えたが、それはいつまで経っても訪れなかった。

 

 代わりに、空気が耳を裂くような音とともに、視界が色を失って暗闇につつまれた。

 胃が置いていかれるような感覚が身体を襲う。


 ――俺、ジェットコースター苦手なんだけど……!

 

 気持ちの悪い感覚が永遠かと思うほど続いて――唐突にぺっ、と吐き出すように落とされた。


 冷たい床の感触が、現実を思い出させる。

 土と焚き火の匂いが、見知らぬ空気の中に混じっていた。ぐわんぐわんとする頭に、誰かの声が反響している。

 

 誰かが必死に話しかけてくるが、それどころではなかった。

「気持ち、わ……るっ……」

 かろうじて漏れた声を拾ったのか、誰かの手が背中に触れた。

 そこからじわじわと温もりが広がり、吐き気が引いていく。

 

 ぼんやりとした視界に、青みを帯びた夜明け色の髪が映った。

 その持ち主は、恐ろしく整った顔立ちなのに、不安そうな表情はまるで大型犬のようだった。

 

 ――夜明け色の大型犬……なにそれ、ファンタジー。

 

 思わずふっと笑みがこぼれた瞬間、世界がすうっと遠のいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る