ミッション1 覚醒の生物因子! 助けを呼ぶ声に応えて見せろ!! 

第1話 銀色の海と新米隊員(1/2)

 銀海化(シルバーマリン)現象────すべての始まりともいえるこの現象は、太平洋の中心部から銀色の汚染物質が流出に起因する。


 現在。瞬く間に広まった銀海は、海洋の約六〇パーセント以上を侵している。そして、そこに生息していた生物たちが汚染物質に毒されること変異・巨大化したバケモノたちのことを、人々は海の怪物からとって「ハイドラ」と呼称するようになった


 銀色の汚濁が広まり始めてからは、もうすぐ一〇年が経つ。

 日本政府は天柱型浄水システム〈みずかみ〉を建造、並びに特務海上保安庁を新設することで対処にあたるも、その脅威を退けるどころか、原因の特定にさえ至らない。


 悪趣味な程にギラギラと金属質な輝きを放つ海と、そこから這い上がってくる巨大な怪物の群。その災禍に人類は未だ、手をこまねき続けていた。


 ◇◇◇


 轟々と燃え盛る船内を、玄野鋼助(くろのこうすけ)はひた走る。


 額に滲んだ汗をダイバーウェアの裾で拭い去り、六〇キロ余りの酸素ボンベを背負ってもなお、一本の通路を力任せに疾駆してみせる。


『新人くん、聞こえてる?』


 ジッ、ジッ、という無機質なノイズ混ざって胸元に留めた無線機が呼びかけてくる。


「はい、聞こえています! 至急、現状の報告を!」


『オーケー。それじゃあ、よく聞きなさい。火災の原因は船底を食い破ったハイドラが機関室に紛れ込んだこと。既に船上にも火の手が回っているわ。いい? 貴方の任務はこの先の区画に取り残された要救護者を確保し、速やかに離脱することよ』


「了解です!」


 頭の中で情報と自らの役割を即座に反芻し、鋼助は強く頷いた。


 波が押し寄せる度、船体は大きく揺れ動く。通路に剥き出しになったパイプ管には炎が鈍く照り返し、舞い散る火の粉はチリチリと肌を焼き焦がした。


「……不味いな。急がねぇと」


 朱に染まる不確かな足場を蹴って、鋼助はさらに足を速める。頼れるのは手にしたライトと自らの五感だけ。集中力を研磨し、救護者の気配を探る。


 張り詰めた意識の向こうで微かに聞こえるのは、ドアを叩く音だ。「私はここにいる!」と懸命に訴えているのだろう。


「こちらは特務海上保安庁・第六救助隊ッ! 扉を破りますので、なるべくドアから離れてください!」


 鋼助もドアを強く叩き返す。そして、腰部ベルトに引っ提げた救助斧を引き抜いた。


「四拾参式・レスキューアックス」


 肺から空気を搾り出し、大きく振りかぶったアックスは、眼前を阻むドアを強引に引き裂く。鼓膜の奥を噛むような金属音に構うこともなく、鋼助はその身を救護者の元へと滑り込ませた。


「大丈夫ですかッ! 怪我は!」


 救護者に目立った外傷や出血は見られない。その口元に素早く呼吸器を押し当てた。


「こちら鋼助! 要救護者を確保しました!」


 熱で扉が変形したせいで、ここに閉じ込められてしまったのか。或いは、この船内に紛れ込んだヤツらのせいで、ここに籠城することを強いられたのか。


 どちらにせよ、今は早くここを離れなければ。


「〝因子〟を持ってない俺も、この人も、これ以上長居はできないよな……」


 救護者に自らの肩を貸し、あらかじめ指定された脱出ポイントを目指そうとする。


 だが、その行く手を巨大な影が遮った。


「しまった……!」


 通路の道幅ギリギリを擦過する三メートル余りの影は、鈍色めいた分厚い外郭にその身を覆われていた。


 黒いだけの複眼からは何も窺い知ることが出来ず。平べったい身体から八本の節足と二振りの鋏を振り上げる様は生物ながらにして、巨大な双腕重機を思わせる。────甲殻類が変異、巨大化したと思われるハイドラだ。


「クソッ! こっちは救護者がいるんだ。そこを退けよッ!」


 バケモノに人間の言葉が通じるわけがない。それでも目の前の巨大ガニがブクブクと泡を蓄える様は、こちらを嘲笑っているようであった。


 止むを得ない。そう判断し鋼助もまたアックスを構える。


 グリップに仕込まれたトリガーを強く引きこめば、刃部が青白くスパークすると共に、高圧電流が流れた。


「レスキューアックス・戦闘(バトル)モード」


 紫電を纏った戦斧をハイドラに叩き付けるも、その衝撃は重厚な外郭に阻まれる。微かに走った亀裂さえも、傷口が泡を立てて再生されてしまった。


「チッ……甲殻類のハイドラは、ただでさえ再生能力が高いっていうのに!」


 脚の継ぎ目から微かに見える筋繊維に斧を当てねば、肝心な電流も効きが薄い。


 おまけに鋼助の隣には、護らなければならない救護者もいる。船内には着々と煙が充満し始め、ゴーグル越しの視界も端から黒に塗り潰されていった。


 火災によって挙げられる最も多い死因は焼死ではなく、酸素が不完全燃焼を起こした際に発生する一酸化炭素による中毒症状だ。


 一秒でも早くここから離れなければならないというのに。


「どうする……」


 現場での判断ミスはときに取り返しのつかない事態を誘発する。それは先輩方から幾度も教わったことだ。


 その焦りが鋼助の足をほんの僅かに竦ませた。だが、ハイドラはその隙を見逃してくれるほど甘くない。


 がら空きの腹へと、思いっきりハサミを捩じ込まれる。


「うぐっ……!!」


 押し付けられた衝撃に握りしめていたアックスを取りこぼし、片膝をつく。


 それでも咄嗟に頭を跳ね上げたなら、鋼助を轢き潰そうとハイドラが総身を大きく仰け反らせていた。おぞましく蠢く節足が、頭をかち割るであろう寸前で、



「────そこまで!」



 胸元の無線機から聞こえてくる声と、耳朶に響く彼女の声がピタリと重なった。

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