あの夜出会った君は、霊でした

日陰このは PLEC所属

夕暮れ

 お母さんは、よくヒルテリックに私を叱ることがある。


 私だって、ぶつけたい思いはあるのに。


 言いたい言葉はあるのに。


 それが言えない心の奥は、モヤモヤでぐちゃぐちゃで、どうなっているのかもうわからない。


 もう夕暮れなのに蒸し暑く、外に出ただけで汗を確この天気にうんざりしている8月21日。


 今日は、課題を終わらせると決めたのに、結局家から飛び出してしまった。


 何もせずに、何もできずに、ただぼうっとしたまま過ぎていく夏休み。


 私はそんな自分にがっかりしていた。


 もう高2の夏なのに、何をぼけっとしているんだろう。


 考えれば考えるほど、自分に腹が立って仕方がない。


 そうだ。


『なんか上手くいかない時は、海に行ってみたらどうだ?』


 誰かが昔そう言っていた気がする。


 よし、海に行こう。


 私は家から近い海浜浴場まで足を伸ばした。


 海とコンクリの境界線、防波堤に座った。


 いっそここで、一夜過ごそうか。


 そんな事を思いながら、水平線の彼方で橙色オレンジにそまる夕日をぼんやりと眺めた。


 ゆっくりと沈んでいくそれは、私の心の奥を温めてくれる。


 かもめが夕日のはるか遠くへ飛んでいった。


 そういうのを見ると、心が落ち着く。


 わずらわしい外の世界から解放されて、静けさの内側にある自分だけの世界に入り込める。


 死にたいと思うことの方が多いけど、こういうのを見てしまうと、やっぱり死にたくないな……なんて思ってしまう。


 そんな事がぽつりぽつりと頭の中に浮かんでは、すっと消えてしまう。


 自然が作る、その雰囲気は不思議だ。


 夕日は、私の心の中に灯火を残して沈んでいった。


 濃い藍色の空へと移り変わり、本格的な夜が始まる。


 そんな時、足跡が聞こえた。


 だれだろう、こんな時間にここをたずねるのは。


 そこには、私と同じくらいの男の子が立っていた。


 高校生だろうか。


 黒くて少し短い髪、何もかも見透かしているような、キリッとした目、顔つきは、誰もが惚れてしまうほどの美貌だ。


 そんな彼は、私に向かって歩いてきた。


「何してんだよ、こんなところで」


 私はビクッとした。


「ちょっと……風にあたりに」


「……そうか。聞こえるのか」


 少し目を見開いた。


 彼は何も言わずに私の隣に座った。


 不思議と、嫌じゃなかった。


「なあ、なんか悩み事でもあるのか?」


「わかるの?」


「わかんね。でも、あるなら話せよ」


 少々口が悪いが、気さくでいい人だ。


「でも、悩みっていうのはね、そこまで人に話せるものじゃないし」


 そう言うと彼はニコっと笑った。


「じゃあ、俺もう人間じゃねぇから話せるな?」


「え!?」


 彼は体を伸ばした。


「じゃあ、先に俺の話でもするか?俺は幽霊、明日の朝八時ちょっと前くらいに成仏する幽霊だ」


 辺りはすっかり暗くなり、波がザザーッといつもと変わらぬように打ち寄せていた。


 今夜は、長くなりそうだ。

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