情報病原体 ―若年性アルツハイマーの爆発的増加に関する一考察―
鏡聖
第1話 プロローグ
近年、若年層の脳機能の低下が問題視されている。
「集中力の低下」
「記憶力の低下」
といった問題から始まり、若年性のアルツハイマー様症状の発症件数も年々増加している。
VR端末やデジタルデバイスの多用により、脳を使う強度が低下したことを原因とする意見が多数派だ。
なるほど。確かに脳の「訓練不足」による処理速度の伸び悩みはあるだろう。
ある作業に慣れている者は、そうで無い者とは異なる脳の異なる部位が活性化され、脳への負荷が少なくなっていることが実験から確認されている。
これが脳の「訓練結果」だ。
逆に考えると「訓練」が不足している場合、脳はその作業を負担に感じ、「集中力の低下」をもたらす可能性がある。
では「記憶力」についてはどうか?
デジタルネイティブ世代(この言葉も古い気がするが)は、自分の脳の一部として、生成AIや様々なデバイスを拡張することを自然と行ってきた。これを「脳機能の拡張」と呼ぶ者もいる。彼らは調べれば分かること、理屈がない無意味な文字列、これらを自分の頭の中に記憶することを拒否しているだけにすぎない。
彼らは、このような物を「脳のストレージの無駄使い」と考える。
これが「記憶力の低下」ではないのか?
このように考えると、「集中力の低下」と「記憶力の低下」については、世間で認知されている通り、デジタルデバイスの影響が大きそうだ。
しかし、「若年性アルツハイマー様症状の増加」はどうだろうか。
同列に語られることの多いこれは、確かにデジタルデバイスの発展と共に増加傾向にある。だが、その理屈は明らかにされていない。
脳への負荷が減るとアルツハイマー様症状の進行が進むというのは理屈が通らない。
アルツハイマーの進行は、脳内にアミロイドβが蓄積すると、機能が障害されるという説(アミロイドカスケード説)が一般的であるためだ。
この説が正しいと仮定すると、負担がかからなくなった脳は自らアミロイドβの産生を開始し、自死を始めるということになる。
これに違和感を感じないものがいるだろうか?
脳への負担がかからない状態、すなわちストレスがかからない状態にいる人間は高確率でアルツハイマー様の症状を呈するようになると言い換えると、この説の異常さが分かるだろう。
老化と共にアルツハイマー様症状の発症率が上がっていた時代は、アミロイドカスケード説に異論を唱える者は少なかったものの、アミロイドβをターゲットにした創薬は失敗の連続だった。
例えば、ある米国の製薬会社は、アミロイドβの前駆体タンパク質APPを過剰に発現するマウスに対し、Aβ 42(これが重合したものがアミロイドβ)で作ったワクチンを投与することでアミロイドβの蓄積を抑制し、すでに蓄積したものも除去できることを報告した。
このワクチンは患者を対象とする治験まで進んだが、アミロイドβの量は減少したものの、認知機能の改善は見られなかった。
この他にもアミロイドをターゲットとした抗体医薬、疾患修飾薬(病気の原因物質に直接作用し、病気の発症や進行を抑える薬)が開発されてきたが、いずれもアミロイドβの除去による治療効果は限定的だった。
アミロイドカスケード説が正しいのであれば、これらの結果はおかしい。
そんな中、「アミロイドβは何らかの防御反応の痕跡である」という学説が唱えられ始めた。
この説は以前から一部で話題を呼んでいたが、xxx(20xx)らが、「単純ヘルペスウイルスの感染により脳内のアミロイドβ量が爆発的に増加した」と報告したことを皮切りに、一気に注目が集まった。
アミロイドβを単なる病理的な現象として見ているだけでは何も見えてこなかったが、瘡蓋や痰のような物と認識が変わったことで、その背後にある何かの解明に力が注がれた。
現在、アルツハイマー様の症状を呈している人口分布を見ると、10-30歳及び60歳以降にスパイクが来る、二峰性の様相を示している。
60歳以降の者は従来考えられている機序によるものが多いと推察できるが、10-30歳のデジタルネイティブ世代は、何が引き金となってアルツハイマー様症状を発症しているのだろうか。
本症状を示した若者達の脳を調べると、高確率で60歳以降の者達と同様、たしかにアミロイドの沈着が観察される。
単純ヘルペスウイルスの知見から、この者達が何らかの病原体に感染している可能性があると考えた研究者達は未知の病原体の探索を続けている。
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