第一話 ありふれたニュースとテディベア

高速道路で車が外壁に衝突、居眠り運転か 運転手は死亡


そんなありふれたニュースが流れて来たのは、春先のことだった。

いつもなら読むこともなく終わらせたはずのその記事を読んだのは、もしかしたら運命というやつだったのかも知れない。



「吉村マネージャー、すみませんクレーム入っちゃって…対応お願いしたいんですが、今日来れますか?」


電話はウチが経営する携帯電話の正規キャリアショップの一つの、松本店長からだった。

関東の片田舎の街、車が主な移動手段。

今いる街からは隣の市の中心部、30分はかからない。


「分かった。

すぐに向かうから、それまでは店長が対応していてくれるかな?

ヒアリングだけでいい、なんの答えも出しちゃダメだよ。」


そう言いながら、今いる店舗の店長には手短に話をして外出する旨を伝える。

次のイベントの打ち合わせ中だったが、大枠は話せたし。向こうが終わればまた戻って来て話す時間も取れるだろう。


車に乗り込み、エンジンを付ける。

松本店長なら大丈夫、彼ならこういう時の対応はよく分かっていて、必要な話の引き出し方は分かっているはずだ。



「マネージャー、すみませんでした。

助かりました。」

「ああ、いや、松本店長がしっかりとお客様の話を聞いていてくれたからだよ。

オレが来た時にはもう落ち着いて来ていたじゃないか。

あれでもうほとんど解決はしていたんだよ。

ありがとう。」


実際、オレが着いた時にはお客様はほとんど声を荒げることもなく。

松本店長がメモにしたためててくれた内容と、口頭の説明だけで充分お客様の苦情の内容も分かったし、オレがした事は責任者として頭を下げてカスタマーサービスとの橋渡しだけだった。

相変わらずカスタマーサービスの連中は頭が硬く、スーパーバイザーを引っ張り出して決裁を仰ぐ方が面倒だったくらいだ。


「いや、それでもマネージャーは流石ですよ!

最後なんてお客様がマネージャーを応援するくらいになってたじゃないですか!」

「このくらい松本店長だって出来るだろ?

そんなヌルい育て方はしてないはずだぜ?」


二人で笑い合って、ハイタッチをする。

クレーム処理は確かに面倒だけど、お客様が店の…店員のファンになってくれるチャンスでもある。

そのノウハウは副店長以上にはかなりうるさく仕込んであるのはオレの自慢だ。


「じゃあ、悪いけど戻るわ。

まだ打ち合わせ途中だったんだよ。

後は頼むね。」


「了解です!

お疲れ様でした!」


「はいよ、お疲れ様!

またなんかあったら連絡してくれ。

あ、いつも通り19時まで、な。」


「あ、分かってます!

今日も行かれるんですね。」


「おう、当たり前だよ。

昨日はキャリアとの打ち合わせという名前の飲み会に付き合わされて行けなかったからな。

今日こそ顔見に行きてえんだ。」


「毎日大変ですねぇ…。

お気をつけて!」


はいよ~、と片手を振りながら他のスタッフにも声を掛けて店を出る。

オレは基本的に、さっきまでいた店を拠点に動くようにしている。



あの子のいる施設が近いから。



「じゃあ、イベントについてはこんなところかな?

オレの方で業者の見積もりは取っておくよ。

滝田店長はイベントの申請を書類にまとめておいて。

予算だけ入れたら出来上がり、って感じにしてね。」


「わっかりました~!

ハァ~、書類仕事やだなぁ~…。」


目の前で溜め息を吐く。

げんなりとした表情で言うけどさぁ。

「とはいえ、前回のフォーマットがあるだろ?

あそこに今回のスマホ教室のテーマを入れて、後はそんな変わんないから楽なもんじゃないか。」


「まぁそうなんですけどね。

ほら、着ぐるみの子の手配が一番大変なんですよぅ…。

しかも今回は二体入れたい、って。

見つかるわけないじゃないですかぁ~!

時給がもうちょっと上げられたら違うと思うんですけどぉ~。」


前回も見つからなくて、結局オレの親戚の子に頼んだんだよな。

着ぐるみのアルバイト手配は毎回苦労する。

「まぁ、オレの方でもまたカツヨシ君には声かけてみるさ。

もう一人、なんとか頼むよ。

最悪、店からとは別にオレが出すよ。」


「良いんですか!?

でも、吉村マネージャー、毎回アルバイトの子のご飯とかも出してて、大丈夫なんですか?」


「まぁ、マネージャーにもなればそのくらいならなんとかなるさ。

イベント成功したらボーナスで元は十分に取れる、と思う。多分。きっと。そうだと良いな…。」


「なんでそこ疑問系なんですか!?」


お互いに笑い合って、ふと壁に掛けられた時計を見る。

「あ、やべ。

そろそろ行かないと間に合わねぇ!

じぁあ、あと頼んで良いかな!」


「あ、今日も行くんですね!

分かりました!

あとやっときますね!

わかんないことあったらメールしとくんで、確認お願いします!」


「おう、よろしくね!」


それだけ言って、打ち合わせの資料をバッグに突っ込む。

今月のカタログに新機種のスペック早見表、スタッフ指導のマニュアル…バッグはいつもパンパンだ。


「マネージャーのバッグ、ホントいつもパンパンですよねぇ。

ちゃんと片付けないと分かんなくなりますよ?」


「分かっちゃいるんだけどなぁ…。

忙しくてつい、な。

時間が取れれば片付けるんだけど。」


「よく言いません?

バッグの扱いには女性の扱い方が出る、って。

そんなんじゃモテませんよ?」


「うっせ!

あー、そろそろ行かないとマジで面会時間終わっちゃうじゃん!」


「あー、ごめんなさい!

気を付けて行ってきてくださいね!」


「おう、ありがと!

そんじゃまた明日!

申請書頼むね!」


そう言って裏口から出てすぐに停めてある車の後部座席を開け、バッグを投げ入れ…ようとして、そっと置く。

別にさっき言われたことを気にしたわけじゃないんだけどさ、うん。


後部座席のドアを閉め、運転席のドアを開ける。

助手席には大きなテディベア。

昨日持って行ってあげたかったのに、クソキャリアの担当が打ち合わせと称して飲みに連れ回してくれたもんで持って行けなかったんだ。


無意識にテディベアに手を伸ばして、その頭部を撫でる。

抱き締めることはまだ出来ない。


「たかひとくん、気に入ってくれるかな?

喜んでくれたら嬉しいんだけどな。」


そんな独り言を吐き出しながら、ネクタイを緩めてエンジンを付ける。

施設まで、20分。

安全運転で行かなきゃな。

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