第6話 少女は戦いを決意した

 ごく低温下ではウイルスも活動できない。

 寝ていればあばれる心配もない。

 これなら安全に時間をかせげるはずだ。


 コールドスリープ用カプセルの無事を確認し、最適解さいてきかいを発見したと確信するおれ。

 いっぽう大原鉄男&紫織の兄妹は、SFまるだしの科学装置を見て目を丸くしていた。


「……お前、なんだってこんなものまで……?」

「わかりません! 記憶ないんで!」


 われながらなんてひどいセリフなんだろうな。

 フラフラしていてどこか動きがあやしげな鉄男さんを、けっこう強引にカプセルに押し込む。


「ノヴァ、できるよな!?」


 突然おれがノヴァというなぞの名前を呼ぶので二人は面食めんくらっていたが、説明はあとだ。

 そんなことよりもおれの頭の中にノヴァの回答がひびく。


『可能です。設備に異常が発生しないかぎり、約40年のコールドスリープが可能でしょう』

「40年、そりゃ十分すぎておつりが来るぜ! さっそくやってくれ!」

『了解いたしました。

 これより大原鉄男は40年のコールドスリープに入ります。

 彼が再び目覚めた時、世界はどのように変っているのでしょうか。

 それはプレイヤーであるゼロワン、あなた次第しだいなのです』

「へへっ、ハッピーエンドに決まってんだろ!」


 カプセルのふたがゆっくりと閉じていく。

 しかしあまりに目まぐるしい展開に、兄妹はあわてていた。


「ちょ、ちょっと待ってください、いくらなんでもこんなにきゅうな!」

「ゴメン、一刻いっこくをあらそうんだ。早ければ早いほどきっと鉄男さんは助けやすくなる」

「ええ、でもぉ……」


 別れをしむしおてつおのほうは寝た姿勢で苦笑していた。


「すごすぎてもう、わけが分からんな。俺たちも甘えるしかないってのがもう、まったくどうしようもねえ」


 鉄男さんはおれの顔を真剣なひとみで見つめた。


「妹のことを頼む」

「こんな時だってのに自分じゃなくて妹の心配かい、おとこだねえアンタ」


 カプセルのふたが完全に閉じる。

 イメージ的に会話は不可能かと思っていたら、意外にも大丈夫だった。


「じゃあ、おやすみ」

「お兄ちゃん、待っててね! かならず治す方法みつけてくるから!」


 強化ガラスのふたにすがりついて涙を流す紫織。


「期待しないで待ってるよ」


 鉄男さんは笑顔でそんな憎まれぐちをきいた。

 しかし次の瞬間!


 バン!


 鉄男さんの表情が一変し、強化ガラスのふたをたたき出した。

 人間としての意識をうしない、またゾンビになってしまったのだ。


 バン、バンバン!


「キャッ! お、お兄ちゃん!?」

「ウガアーッ!」


 鉄男さんは口をあけたままの顔をガラスにこすりつけ、どうにかして紫織にみつけないものかと格闘していた。

 乱暴にガラスをたたき、力まかせに押し、口からあふれたよだれ・・・で自分やガラスが汚れるのもおかまいなし。

 理性がいっさい感じられない狂気の姿だ。

 さっきまでの優しいお兄ちゃんとは完全に別人だった。


「ノヴァ、まだなのか!」

『間もなく完了します』


 ノヴァの宣言どおり、何秒もしないうちに鉄男さんは静かになって眠りについた。

 寝ている顔はとてもおだやかで、数秒前まであばれていた怪物とはとてもおもえない。


「………」


 紫織はショックのあまり床にへたり込んで言葉もなかった。

 おれは不器用ながら、ふるえている彼女をどうにかなぐさめようとこころみる。


「なあ紫織ちゃん。いまのはウイルスが悪いんであって、お兄さんが悪いんじゃないよ?」

「そう……ですね。わかります」

頑張がんばろう。おれたちで鉄男さんを元にもどしてやるんだ」

「はい……はい……わたし頑張ります……」


 自分に言い聞かせるようにブツブツつぶやきながら、紫織は立ち上がる。

 中学生くらいの女の子に今のシーンはキツすぎるよなぁ。

 たった一人の家族がいきなりあんな風になっちまったら、たまんねえよ。

 でもなんとか耐えてもらわないとな。


「待ってて。わたし、わたし必ずやってみせるから」


 紫織はあえてカプセルを見ず、背をむけたまま部屋を出ていった。

 兄の本当の姿は、彼女の心の中にこそいる。

 せっかくの決意がらがぬように、今さっきの恐怖体験を再確認するようなことは避けたのだろう。


 こうして、おれと紫織は安住あんじゅうの地をすててたびに出ることとなった。

 この日本がどうなっているのか。そして世界がどうなっているのか。

 ろくに分からないまま、おれたちは冒険の旅に出る。

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