第4話 異変

 大原鉄男が感染者だと知ってしまった、その日の夜。

 おれは屋上で夜景をながめていた。

 月明かりに照らされたはいビルぐんは、美しいようでもあり恐ろしいようでもある。

 ときおりキラキラと輝くものが見えたが、それは乗り捨てられた廃車はいしゃや砕けたガラス。

 かつての栄光の残骸ざんがいたちだ。死の街なのである。

 うかつに闇夜の中へ出ていけば、たちまちゾンビにおそわれてゲームオーバーになってしまうことだろう。


「なあノヴァ」

『はい』


 おれは脳内AIに重要な質問をする。


「Z-ウイルスに感染しちまったやつを治療する方法はないのか」

『プレイヤーであるあなたの場合と、その他NPCで別々の答えになります』

「は?」


 ノヴァはぜんぜん予想していなかったことを語りはじめた。


『ゼロワンは《固有スキル》によって他者よりもすぐれた免疫機能めんえききのうを有しています。

 少々のダメージでゾンビ化することはなく、それどころか免疫機能がレベルアップしていく特異体質なのです。

 しかしその他大勢のNPCはそうもいきません。ゾンビによる負傷は感染する危険が非常に高いのです。

 強い幸運にめぐまれたNPCでなければ、一般的な人生をまっとうすることは難しいでしょう』

「……運まかせの神だのみってことか」


 落胆らくたんするおれ。

 しかし、ノヴァの話はまだ終わっていなかった。


現時点・・・ではZ-ウィルスに対抗する治療薬も予防するワクチンも存在しません。

 今後・・のストーリー展開とスキル育成によって物語は劇的げきてきに変化することでしょう』

「あるのか! 治す方法が!」

『今後の出会いと活躍かつやくしだいです』


 出会いと、活躍。

 つまりこれからおれが何人もの「すげえ奴」と出会って、おれ自身も「すげえ奴」になれば、世界を壊したクソったれなウイルスを退治できるようにもなれるってわけだ。

 いかにもゲームらしい展開じゃねえか。

 やっぱりノヴァと会話してるとこの世界がゲームなんじゃないかって気がしてくるな。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 それから数日。おれたち三人はおだやかな日々をすごした。

 脳内コンピューター『ノヴァ』は基地を管理するコンピューターと連携リンクしている。

 基地の内外を24時間カメラで監視しつづけているため、外に出なければゾンビにおそわれる心配もない。

 おれたちは談笑だんしょう、つまりしょうもないバカ話なんかをして楽しみながらコミュニケーションを深めていき、体力トレーニングや戦闘訓練にいそしんだ。


 その間、鉄男さんの様子に異常は見られない。

 ノヴァの報告によると一人になった時になにやら思い悩んでいるような気配があるそうだが、それがZ-ウィルス感染に関する件だと決めつけることはできない。

 こんな時代だ、トラウマや悩みのたねなんていくらでもあるだろう。

 ひょっとしたら今のまま無事に時が流れていくのではないか。

 そんなあわい期待を胸にいだいていた、ある日のことだった―――。


 


 朝のトレーニングを終え、おれたちは昼メシを食っていた。


「ねーゼロワンさん、やっぱり名前がわからないって不便じゃないですか?」

「んーそうだよなー」


 おれと紫織はレタスサラダをフォークでつつきながらそんな会話をかわす。

 鉄男さんは無言でシャクシャクとサラダをむさぼっていた。


「けどなぁいざ名前を変えようってなるとどうしようか迷うんだよな。いつか本当の名前が分かるかもしれねーし」

「それもそうですねぇ」

 

 鉄男さんは無言でもぐもぐ口を動かしている。

 やけに口数くちかずが少ないな。

 機嫌きげんが悪いのかな。


「んじゃかりの名前としてゼロさんってどうです、毎回毎回ゼロワンさんって呼ぶのなんだかしんどくて」

「まあいいんだけどひょっとしたら今後ゼロツーとかゼロスリーとか、それこそゼロ、みたいな名前の仲間に出会うかもしれないからさー、そんな時どうするよ?」

「ええー、じゃあワンさん?」

「それだと中国人みたいでなー。おれたぶん日本人だからさー。中国語なんて麻婆豆腐マーボードウフくらいしか知らねえよ」

「やだ、トウフも日本語ですよ」


 たあいもないやり取りで、おれたちは笑う。

 そんななか鉄男さんは無言のままサラダを食べつくし、他のおかずも食べきり、コップの水まで一気に飲み干す。

 鉄男さんの昼飯はなくなった。

 それでも食べ足りないのか、彼はテーブルの上をキョロキョロと見回している。

 なんだかさっきから様子がおかしい気がするんだが?

 おれの考えすぎだろうか?

 しかし……。


「お兄ちゃん、水もう一杯いっぱいいる?」


 紫織も鉄男の様子が気になっていたのかもしれない。

 兄を気づかって彼のコップに手をのばす。

 しかしその細腕ほそうでが鉄男さんの視界にはいった瞬間。

 彼はバッ! とすばやく両腕をのばしてつかんだ。

 目に欲望の光が宿っている。

 まるでフライドチキンでもつかんでいるような、そんな目つき。


「えっ、な、なにお兄ちゃん?」


 その声に鉄男さんは答えない。

 彼はなにも言わず妹のうでを自分のほうに引き寄せると、口を大きく開け―――。


 ドガッ!!


 にぶい音をたてて鉄男さんは後ろにたおれた。

 妹にみつこうとする鉄男さんの顔面をおれが蹴り飛ばしたのだ。

 間一髪かんいっぱつだ。一瞬でも遅かったら紫織まで感染者になっていた。


 チャキッ。


 おれはホルスターからハンドガンを抜きかまえた。

 そしてたおれている鉄男さんに銃口じゅうこうをむける。

 ……結局はこうなる運命だったのか。


「やめて!」


 紫織がおれのうでにしがみついて邪魔をしてくる。


「おれだって撃ちたくねえよ!」


 紫織にむかってさけびながらも、おれの視線は鉄男さんからはなせない。

 怖いからだ。鉄男さんはもう人間ではなくなっているかも知れないのだから。

 すぐ立ち上がって跳びかかってくるかと思ったが、そうではなかった。

 鉄男さんはたおれた場所に座りこみ、深刻な表情で落ち込んでいる。


「……ありがとう、止めてくれて」


 鉄男さんは泣きそうな顔でうなだれていた。

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