4.神は言っている

「その名前が出てくるということは、お前にも神託があったということか」

「神託ですかぁ…。そうですね。ありましたよ、神託らしきものが」

「ずいぶんと含みがある言い方をするな。神に仕える者なら、神の意志に直接触れることができたと喜ぶところではないのか?」

「まあ、それは人それぞれですよぉ」


 神官なら例外なく喜びと感激にうち震えると思うんだが、やはりこいつ偽神官じゃないのか?


「それで下った神託というのがですね、『選ばれた神の使徒を導け』というものでしてね」

「神の使徒、ってつまり私のことか?」

「そうですねぇ、もう『神の使徒エヴァン・マルシェル』とフルネームで名指しでしたよ」

「知らないうちに二つ名みたいになってるな! まだ何もしてないが!」


 何もしてないどころか、昨日まで信じてもいなかったしな。


「エヴァン様がここに来るから待ってろって指示がありましてね。こうしておとなしく待ってた訳です。たまーに来る巡礼者の相手とかしながらね」

「そうか。それでその奥の部屋が居室というわけか」

「そうですそうです。散らかってるので見ないで下さいねぇ」


 安心しろ、男の私室とか全く興味がない。

 しかし、この神殿もどきの山小屋で礼拝と言ってもありがたみがないな。この殺風景な何もない部屋で何に祈れというのか。


「あ、礼拝はここではやらないですよぉ。外でやるんです」


 そう言うとセルファスは私に外に出るように促した。

 小屋から出ると、そこには先ほどと同じく陽光が煌めくヴェスパ湖。セルファスは湖面を指差して話す。


「ヴェスパ湖は、それそのものが祈りの対象です。あまり知られていませんが、神が力を注いでできた湖とか、アルバーナ神帝国の建国帝が神の言葉を聞いたとか言われていますねぇ。ホントかウソか分かりませんけど」

「ひとこと多い。神官にはあるまじき発言だ」

「ハハ、信仰なんてそんなものですよぉ」


 力なく笑いながら湖に向かって歩くセルファス。こいつはなんでこんな達観してるんだろうか。すごくどうでもいいが。


「なので、巡礼者の皆さんは湖岸で祈って帰りますね。こっちはなんの準備も道具もいらないんでとっても楽ちんです」

「うん、お前を聖職者と思わないことにした。巡礼者から寄付金とかとってないだろうな?」


 セルファスの信仰心はともかく、敬虔な信者ではないことはよくわかった。

 つまり私と立場が似てるということか。神託を与える相手に信仰心はあまり重要ではないようだ。

 必要なのは神託を実行できるかどうかが重要ということかな。私は、神が望む神殿を建立できると見込まれた、というわけか。


「セルファスは、私が受けた神託の内容を知ってるんだな?」

「知ってますよぉ。神殿を作れって言われたんでしょう? 地味な仕事ですよねぇ」

「地味って言うな。そんなこと言ったらお前の神託のほうが余程地味だろうが。あと神託を仕事って言うな」

「これは失礼。でもエヴァン様、神殿を建てたことあります?」

「無い。建築自体、ほとんど未経験だ」

「それは難儀ですねぇ」


 湖岸にしゃがみ込みながらセルファスが他人事のように言った。

 おい、もうちょっとやる気を出せ。私を導くのがお前の役目なんだろう?


「エヴァン様が建てなければならないのは、神が力を取り戻すための神殿です」

「ああ、確かに神の力が弱くなってると聞いたな」

「神に仕えるものとしては不景気な話ですよ。エヴァン様の働きでパパッと神の力を取り戻しましょう。そうすれば私の待遇もさぞかし、ねえ?」

「ねえ?じゃない。お前の待遇にも境遇にも興味はないぞ」

「冷たいですねぇ。私達は神託仲間じゃないですか。仲良くしましょうよぉ。とりあえず清貧たる拙僧に寄付でもしません?」


 勝手に仲間にするな。流れるように寄付をたかるな。そして断られたからといって拗ねて湖に石を投げ込むな。

 聖地じゃなかったのか、この罰当たり神官め。


「そんなことより知ってる事を話せ」

「はいはい、承知しましたよぉ。と、その前に、エヴァン様はどのような神殿を建てる必要があるとお考えですか?」

「どんな神殿を、か……。そこが分からないんだよな。普通に大きく立派なものにするしかないんじゃないか?」

「なるほど。で、大きく立派な神殿を建てられるのですか? ミリスの山の神殿並みとは申しませんが」

「嫌な事を聞くな。答えはわかってるんだろう。

 ミリス大神殿といえば国内でも最大の神殿だ。まさに白亜の大建造物。実際に見たことはないが、内装も殊更に豪華だという。私の、いや我が子爵家の財力では、その一割にも満たない規模の神殿を建てるのが精一杯だろうな。それにしたところで、領内では経済的に大打撃だ。どれほどの餓死者がでるやら」


 アルテス神教の教団とアルバーナ神帝国が、長年の重税と蓄財で建立した神殿だ。いったいどれほどの財貨を投じたのやら見当もつかない。ましてや、こんな何もない湖の傍に豪奢な神殿を建てたところで、領内の景気が良くなるとも思えない。当然の結果として、領地は貧しくなるだろうな。


「そりゃそうでしょうねぇ。逆に言えば、あんなバカでかくて見た目ばかり豪華なものの為に、どれほどの民が苦しんだことか。神の力を取り戻すための神殿が、あんなハリボテで良いわけがないんですよ」

「ほう、小銭に目がない不良神官かと思えば、教団の主流派を批判する気概はあるのか」

「というより、実際問題として役に立たないですからね」


 セルファスは立ち上がり、こちらに向き直ると続けた。


「豪華な神殿を建てれば人は集まるかもしれません。中には信仰に篤い者もいるでしょう。しかし、それだけでは神に人々の祈りの力は届きません」

「はっきり言うのだな。いくらかでも真摯に祈る者がいれば神の力になるのかと思ったが、何か理由があるのか?」

「そのとおりです。正確に言うと祈りの力が十分に神のもとに届かないのですよ。

 例えて言うなら、水を管に通して遠くまで流したいのに、途中で泥か何かが詰まってうまく流れないような感じですかねぇ。神のもとに祈りの力を届けるには、より大きく清浄な管がないといけません」


 寝ぼけたような顔で淡々と語るセルファス。

 そうか、少なくとも人々の祈りには力があるのか。そして、それは神に届ける手段の違いで効率が良くもなり、悪くもなりうる、と。ふむふむ。


「おい、ちょっと待て。お前は今、この世界の重大な秘密をペラペラ喋ってないか?」


 祈りが具体的な力を持っているとか聞いたことない。そしてそれを神が受け取っているだと?


「私たちの立場で今更何を言ってるんです。そもそもですねぇ、天使に会って神託を受けた人間が、有史以来何人いると思っているんですか?」

「それは、まあ、かなり少ないんじゃないか? 聖典に出てくる神の御使いとやらでも五人くらいだろ」

「私が知ってるだけで百人以上います」

「意外と多かったな! 神託与えすぎじゃないか、神様!?」


ありがたみが一気に薄くなったような気がしたぞ。


「まあ、ほとんどこの世にいないのですがねぇ」

「ああ、歴史上の人物とか、そういう事か」

「そんなところです。それで話を戻しますと、祈りの力を届ける方法が重要になって来るのですがね、ここがちょっと大変なところでしてねぇ」


 ようやく本題だな。

 つまるところ、私に求められる新しい神殿の役割とは、効率良く祈りの力を運搬するための施設なのだろう。


「魔石はご存じですよねぇ?」

「冒険者がモンスターを狩って持ち帰る魔石のことか? 当然だろう。うちの領内にもギルド支部があるしな」

「神殿の建立には、最低でも一等級魔石が必要です」

「ほう……。……なんだと?」

「ですから、一等級魔石ですよぉ」

「あほか! 一等級なんて国宝クラスだろうが! ミルス大神殿のレプリカを造る方がまだ安いわ!」


 魔石は主にモンスターの体内から発見される魔力を持った石だ。内包する魔力や大きさによって一等級から十等級にランク付けされる。世に多く出回る魔道具はこれがないと動かないし、魔法の効果を封じ込めた巻物、いわゆるスクロールを書くためのインクは魔石を砕いた粉末からつくる。

 大きな魔石、不純物のない魔石は、大規模な魔法を発動するための媒体としてとても貴重だ。

 冒険者達の多くは、モンスターを狩ってギルドに魔石を持ち帰り、それを換金することで生計を立てている。

 だが、普通の冒険者がギルドに持ち帰る魔石は、七等級から十等級くらいなものだ。


「無理! 一等級とか売りに出るものじゃないし、手に入れようにも入手方法も分からん。もう一度言うぞ、無理だ」


 神託とか、神の御使いとかおだてられて、なんとなくいい気になってたような気がするが、とんでもない冷や水を浴びせられた気分だ。


「うーん、無理ですかねぇ」

「努力でどうにかできるものではないからな」

「しかしですね、エヴァン様」

「なんだ?」

「その一等級の魔石なんですがね」

「うむ?」

「三個要るんですよぉ」

「ふざけんな!」

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