辺境貴族エヴァン

玄紀 匠

1.神託 or 悪夢

 物語によくある場面に『英雄が夢で神託を受ける』なんてものがある。

 歌劇や吟遊詩人の英雄譚では使い古されているが、何度も使われるからには、この手法に一定の説得力というものがあるのだろう。

 だけれども、


「なんだ、ここは……」


 白亜の神殿だとか、あたり一面色とりどりの花畑だとかそういうものではなく、ただの部屋。

 特に何もない白っぽい色の壁の部屋だ。材質はなんだろうか? 妙に艶があるな。色硝子かなにかだろうか?

 見たことのない材質の壁に比べて、椅子は普通の木製だ。町のちょっと高級な食堂で使うような背もたれのあるタイプだ。新品なのだろうか、ずいぶんと綺麗だ。


「つまり、これは夢か」


 自分が眠りについたのも覚えているし、なんなら寝る前に考えていた事まで覚えている。

 明日は剣術の教練か、やだなー、なにか急用で教練なくならないかなー、くらいの事を考えていた。

 夢ならもうちょっと、なんというか楽しげな夢がいいと思う。例えば執事長が無断外出を黙認してくれるとか。うん、夢でも無いな。


「で、あなたは誰だ?」

「あ、良かった。ちゃんと見えてたんだ」


 最初から目の前にいた人物に声を掛けると、あからさまに安堵した様子で気安い返事をされた。

 短い黒髪の少女?が立っていた。

 疑問符が付いたのはどうにも年齢を推し測りにくかったからだ。十代半ばにも見えるし、二十歳を超えてるようにも見えるが、まあ多分、少女の範疇だろう。目の周りに隈取のような線を引き、口紅もやたら艶のあるものを使って化粧をしているようだ。姉上に最近流行の化粧だと言って教えてやれば喜ぶかもしれない。

 服装はなんというか、露出の多いの服だ。袖のない革の服に、丈の短いスカートという出で立ち。黒を基調とした服なので、なんとなく女盗賊のような印象を受ける。

 遠慮のない観察の視線を向けていると、少女はやや戸惑った様子で話しかけてきた。


「えーと、とりあえず進めさせてもらっても?」

「もちろん。これは私の夢だが進行はお任せしよう」

「え、なんで偉そうなの、この人……」


 偉そうと言われてもな、もともと夢なんて自分の思うようにはいかないもんだろう。ならば身を任せようと思っただけなんだが。

 しかし、やたら意識がはっきりとした夢だな。目が覚めたら誰かに自慢しよう。

 あとは夢の内容だな。神のお告げか、神託なんかだと自慢しやすいな。


「心して聞きなさい。これよりあなたに神の意思を伝えます」


 神のお告げだった。

 なんというか自分の想像力の乏しさが悲しい。もっと独創的な夢は見られないものか。


「神の意思を代弁するということは、あなたは天使か? こう言っては何だが、帝都の展覧会で見た天使画とはずいぶん違う……」

「ちょっと黙っててもらえないですか……。まだ話してる途中なんですよ」

「ああ、それは失礼した。どうぞ続けてくれ」


 人だか天使だか知らないが、話の腰を折ってはいけないな。祖母にもよく言い聞かされたものだ。曰く『貴方はもう少し人の話を聞きなさい』と……。

 あ、少女天使がコホンと咳払いした。


「心してお聞きなさい。神の意思を伝えます」

「それはもう聞いたぞ?」

「……チッ」


 え、いま舌打ちしたか? 天使って舌打ちするの? いや、自分の夢なんだけども。


「あなたには神の為に神殿を建ててもらいます。」


 おお、舌打ちがなかったかのように本題に入ったな。

 神殿の建立か。なんか地味な神託だな。勇者として国を救う旅に出ろとか、そういうのが良かったな。


「神託に文句言わないでもらえます? あなた勇者って柄でもないでしょう」

「一方的な偏見だな。男子たるもの、いくつになっても英雄に憧れるものだ。あと今、私の心を読まなかったか?」

「そうかもですねー。神託の続き聞きます?」


 なんかもう面倒くさくなってないか、この少女天使。自分の夢ながらいいかげんなものだな。


「もちろん聞くとも。さっきからそのつもりなのだがな」

「はあ……」


 溜息はやめてもらえないかな……。


「東のヴェスパ湖のほとりに神殿を建立し、神アルテスの教えを人々に伝えなさい。あなたは選ばれし神の使徒。いくつもの困難があなたを待ち受けていることでしょうが、鋼の信仰をもって役目を全うするのです」

「……」

「……以上です」

「質問しても構わないか?」


 すかさず片手を上げて質問する権利を求めた。

 少女天使は少し目を細めてこちらをじっと見つめる。何を考えているのかはわからない。疑問点は早めに解消しておくべきだと思うんだがな。


「聖なる神託ですよ?」

「そういう夢みたいだな」

「夢というか……、まあいいですけど。なにが聞きたいんです? というか神の言葉に対して畏れとかないんですか?」

「そう、まずそこだ」


 ズバッと指差してやった。

 まず疑問その一。どうして私なんだ?という点だ。


「こう言ってはなんだが、私は熱心な信者ではないぞ? 月に一度の礼拝をする程度で、それだって周囲の目があるから行ってるだけ。子供の頃から聖典の暗唱とか苦手だしな」

「ああ、それはこちらでも把握してるので問題ないです」

「そ、そうなのか。それなら良いんだが」

「はい、あとあなたが十歳のとき、教会のアルテス神像に登って遊んでいて、像の指を折ってしまい、何とかごまかそうとしてバレて余計に怒られた事も知ってます。普通、十歳くらいの分別なら、神の像に登って遊ぶとかしませんよね。何やってんだか」

「余計な情報持ってるな! くっ、さすが自分の夢。記憶に容赦が無い!」


 なんで自分の夢の中で悪事をバラされて落ち込まなきゃならんのだ。ひどい悪夢だ。

 あと、疑問その二だ。


「なぜ神殿を建てる必要があるんだ? 神の教えを広めるなら教会でもやってるし、国中で僧たちが布教してまわってるじゃないか。ヴェスパ湖という場所にしても、便のいい場所ではないから人がそう集まるとも思えん」

「あー、意外と的を射た事を聞きますね」

「意外ってなんだ。無礼な」

「失礼しました。もう少し具体的にお話ししましょう。実際問題、今この世界で神の力は弱まってます」


 おおう、しれっととんでもない事言い出したぞ、この天使。神の力に強いとか弱いとかがあるのか……。


「かつては大津波で地上全土を洗濯をするほどだった神の力も、いまや大陸の半分を水浸しにするくらいがせいぜいですし、天空から隕石を落とすにも年単位でタメが要りますし…」


 なかなかとんでもないな。弱くなってそれか。大陸の半分を水浸しにできたら十分すぎるだろ。


「ともかく、このまま神の力が弱くなっていっては困るのです。何とか人々の信じる心を取り戻さなければ……」

「人々が信仰心を取り戻さなければどうなるんだ?」

「神の力がますます弱くなります。それ以上は、言えませんが……」


 少女天使が伏し目がちに答えた。黒髪がぱらっと顔に降りてくる。

 さすがは天使。艶のある美しい髪だな。いや、そんな事はどうでもいい。

 どうやら神には神の事情があるらしい。人々が神を信じなくなるとどうなるのだろう。自分自身の不信心を思うとすでに手遅れのような気もするが。

 

「お教えできるのは、信仰の象徴を作ることが世界を守る為に必要ということです」


そこまで言って少女天使は、にこりと笑った。


「貴方に直接の利益があるとは言えないかもしれませんし、相応に苦労しちゃうかもしれませんが、そこはまあ、神の御意思という事でよろしくお願いしますね」

「いや、商談みたいに言われても困るのだが。ただまあ話は分かったよ」

「ようやく神の声が届きましたか、人の子よ」

「ここぞとばかりに居丈高になるのはやめろ」


 このあたりの底の浅さがまさに自分の夢だよな。なんというか設定に奥行きが足りない。

 

 おや、なんだか意識が……、遠く……。

 ああ、目が覚めるのか、な?

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