憎みきれないロク

いしくらひらき

ロクの来日

1966年、初夏。関西から東京へ向かう夜行列車の中、僕らはひどく昂ぶっていた。

なけなしの金を出し合って手に入れた切符を握りしめ、揺れる車内に身を預ける。まだ何者でもない、ただ音楽に魂を奪われ、夜な夜なダンスホールのステージで声を張り上げているだけの、青い僕らだ。

窓の外、流れる闇を鏡にして、僕は自分の顔を見つめる。

少し長すぎると大人たちに眉をひそめられる前髪を、指先で丁寧に整える。この髪型も、細身のジャケットも、僕にとっては退屈な日常を切り裂き、向こう側へ行くための唯一の武器だった。

「本当に、同じ空気を吸えるんかな」

誰かが呟いたが、僕は答えなかった。答えを出してしまえば、この胸の鼓動が爆発してしまいそうだったからだ。

東京は、関西の街よりもずっと騒がしく、それでいて冷ややかな匂いがした。

地下鉄の九段下駅から地上へ出ると、そこには異様な光景が広がっていた。立ち並ぶ警備の列、規制線の向こう側で泣き叫ぶ少女たち。武道館の大きな屋根が、鈍色の空の下で怪物のように鎮座している。

会場に入ると、そこはもはやコンサート会場ではなかった。巨大な圧力鍋の底にいるような、正体不明の熱気が渦巻いている。

そして、暗転。

その瞬間、世界が割れた。地鳴りのような悲鳴が鼓膜を突き破り、無数のフラッシュが星のように瞬く。視界の端で、誰かが失神して運び出されていくのが見えた。

ステージの上に現れた四つの影。

実を言えば、音なんてほとんど聴こえなかった。マイクを通した歌声は絶叫にかき消され、僕に届くのは、空気を震わせる地を這うようなリズムと、心臓を直接叩くような残響だけだ。

けれど、音の良し悪しなんて、もはやどうでもよかった。

ライトを浴びて、細身のスーツを揺らしながらマイクに向かう彼らの姿。その一挙手一投足が、数万人の魂を自在に操り、狂乱させている。

「これだ……」

僕は、自分の指が微かに震えているのに気づいた。

それは畏怖ではなく、激しい嫉妬に近い渇望だった。

ステージの上で、自分という存在を光の中に投げ出すこと。たった数十分の間に、誰かの人生を、あるいは世界の色を塗り替えてしまうこと。

僕の中に眠っていた「何か」が、この瞬間に明確な形を持って目を醒ました。

関西へ戻る夜行列車は、行きの喧騒が嘘のように静まり返っていた。仲間たちは疲れ果て、泥のように眠っている。

僕は一人、座席に深く身を沈め、窓の外を見つめていた。

まぶたの裏には、まだ武道館の白いライトが残像として焼き付いている。耳の奥では、あの狂気じみた悲鳴がずっと鳴り止まない。

窓ガラスに映る僕の顔は、昨日の僕とはもう違っていた。

まだ少年の面影を残す輪郭。けれどその瞳は、もう二度と「ただの観客」には戻れない、暗い情熱を宿している。

僕は、マイクを握る時の自分の手の感触を思い出す。

次にこの街に来るとき、僕はあの高い場所へ、光が最も強く集まるあの中心へと、独りで立っているはずだ。

列車が闇を切り裂き、西へと走る。

朝焼けが忍び寄る窓の外を見つめながら、僕はただ、自分の中に生まれた新しい静かな熱を、逃さないように強く抱きしめていた。

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