イセカイ上等

ユニ

第1話 喧嘩と猫とコンクリート

「……おい、次は何人だ?」


 足元に転がる三人の男たちを見下ろし、俺——赤城 龍平(あかぎ りゅうへい)は吐き捨てた。

 拳にはジンジンとした鈍痛。服には泥と、自分のものではない返り血が混じっている。


 群れるのが嫌いだ。

媚びるのも、守られるのも虫酸が走る。

ただ、真っ向から突っかかってくる馬鹿を拳で黙らせる。それだけが、俺の「生きてる実感」だった。


「一匹狼の赤城」

「歩く弾道ミサイル」


 周りは勝手にそう呼んで恐れるが、知ったことか。

今日もまた、空虚な勝利を抱えて帰路につく。……はずだった。


「……あ?」


 ビルの隙間、地上五階相当の非常階段の淵。

そこに、場違いな白い塊が見えた。


「ミャー」


 情けない声で鳴く子猫だ。今にも足を踏み外しそうなほど、細い鉄柵の上で震えている。


「チッ……。見捨てりゃいいだろ、こんなもん」


 足は、勝手に階段を駆け上がっていた。

俺みたいなヤンキーが、善行? ヘドが出る。だが、あの「今にも消えそうな命」の震えが、なぜか昔の自分と重なって見えた。


「おい、動くなよ……。今、取ってやる……」


 指先が、柔らかな毛並みに触れる。

猫を掴み、胸元に押し込んだ。瞬間、安堵した。


 だが、その時だ。

古びた鉄柵が、乾いた音を立てて弾け飛んだ。


「——あ」


 浮遊感。

逆さまになる視界。

遠ざかる夜空と、近づく冷たいアスファルト。


(……笑えねぇ。俺の最期、猫助けて転落死かよ……。……まあ、いいか。あいつ(猫)は助かったみたいだしな……)


 鈍い衝撃。

そこで、俺の意識は真っ暗な闇に沈んだ。



---



「……熱い」


 体の芯が、燃えるように熱い。

コンクリートに叩きつけられた衝撃で、五臓六腑が焼けているのかと思った。


だが、違う。

この熱は、内側から溢れ出してくる「何か」だ。


「……ん、ぐ……っ!」


 重い瞼をこじ開ける。

目に飛び込んできたのは、見たこともないほど巨大な樹木と、異常に青い空だった。


「どこだ、ここ……。病院じゃ……ねぇな」


 身を起こそうとして、異変に気づく。

体が軽い。全身を覆っていた傷跡が消え、それどころか、現役の時よりも筋肉が引き締まり、力がみなぎっているのを感じる。


 ふと、自分の手を見た。

拳の皮は剥けていない。だが、拳を握り込むと、周囲の空気がビリビリと震えるような感覚がある。


「……なんだこれ。まるで、全身がダイナマイトにでもなった気分だ」


 あたりを見渡すと、茂みの奥からカサカサと音がした。

出てきたのは、犬……にしてはデカすぎる、毛むくじゃらの化け物。額には一本の角が生えている。


「グルルル……ッ!」


「はっ……。なんだ、お前。地獄の番犬ってやつか?」


 普通なら腰を抜かす場面だろう。

だが、俺の魂(メンタル)は、そんなヤワにできてねぇ。

むしろ、死んで早々、喧嘩の相手が見つかったことにニヤリと口角が上がった。


「ちょうどいい。俺の最期は『事故』で負けがついたままだ。……イセカイか何だか知らねぇが、まずは挨拶代わりにお前からぶっ飛ばしてやるよ」


 俺は学ラン——なぜか破れ一つない状態で再生していた特攻服を翻し、大きく拳を引いた。


「来いよ、角野郎。——『イセカイ上等』だ」


 体内の熱が、右拳に集束する。

それは後にこの世界で「魔力」と呼ばれるものだと知るが、今の俺には関係ない。

ただ、目の前の敵を殴る。俺の流儀は、それだけだ。


「オラァッ!!!」


爆音とともに、俺の第二の人生が幕を開けた。


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