天使界隈(マジ)〜天使”系”ファッションを極めたボクは、異世界で神の使いと勘違いされてます;;

濃紅

第1話

 白。


 正確には、白だけじゃない。


 ベースは水色のジャージ。

 上下セット。


 でも、それをそのまま着る勇気はない。

 だらしない気がするし。


 だから、盛る。


 白いレースを、ありえないくらい重ねる。

 袖口、裾、ファスナーの縁、ポケット、背中。


 通販サイトを何十も回って集めた、

 柄も太さも違うレースたち。


 生成り寄りも、真っ白も、

 少しだけ光るやつも。


 リボンも、つける。

 サテン、オーガンジー、ベロア、チュール。


 左右非対称。

 縫い付けたやつ。

 グルーガンで付けたやつ。


 首元には、セーラーのつけ襟。


 白。


 この丸み。

 このライン。


 顔の下に、

「可愛い」が一枚増える感じ。


 ジャージとか関係ない。

 とにかく、可愛い。


 だから、つける。


 足元は厚底。

 高さがないと落ち着かない。


 そこにも羽をつける。

 左右に一枚ずつ。


 歩くたび、

 視界の端で揺れる。


 ヘッドドレスは白。


 三段。

 全部、ギャザーぎちぎち。


 布を詰めに詰めたやつ。

 正直、

 総丈何メートルあるんだよって量。


 広げたら、

 ベッド一枚分はいけそう。


 それに、

 羽。

 星。

 十字のシルバーアクセ。


 国内通販、海外通販、個人作家。

 送料だけで泣いた。


 背中にはリュック。

 白基調。

 小ぶりだけど、羽付き。


 中身は最低限。

 全然入らないし。


 お財布、スマホ、バッテリー、

 充電器、ポーチいくつか。


 それだけなのに、

 背負うと

「外界と距離を取れる」感じがする。


 リュックの羽は飾りだ。

 飛べない。


 でも、

 背中を守ってくれる気がする。


 全部合わせて、

 多分ギリ十万円ちょい。分かんないけど。


 でも、後悔はない。


 メイクも、

 盛るというより無理にでも合わせる。


 ベースは白。

 眉は潰して描いている。


 舞台用のもの。

 生活感は敵だ。


 目元はピンク、水色と銀。

 ラメはケチらない。


 下まつげもガッッッツリ描く。

 グリッターとか、

 もう目が痛いレベルに。


 最後に、

 色素薄い系のカラコン。


 それから、まつ毛。


 黒じゃなくて、白。


 白いマスカラ。

 光が当たると、

 少しだけ透けるやつ。


 瞬きすると、

 自分でも

「……天使の作画?」って思う。


 やりすぎかな、とは思う。

 でも、

 ここまで来たら引けない。


 髪は、淡い水色のボブ。


 肩に触れない長さ。

 揺れすぎないのが、落ち着く。


 全体は水色なのに、

 キューティクルの部分だけ、白い。


 一本一本、

 光をなぞるみたいに白くなってる。


 ……天使の輪っぽすぎ。


 でも、

 この「やりすぎ感」がないと、

 外に出られない。


 前髪は目にかかるぎりぎり。

 視線を切るため。

 顔を全部見せないため。


 耳元に、

 小さな羽とリボン。


 左右非対称。

 完璧じゃない方が、安心する。


 白い羽のピアス。

 小さめで、軽い。


 揺れると、

 ふわっと動くくらい。


 主張しすぎない。

 音もしない。


 甘め。


 手元も、抜かない。


 ネイルは短め。

 生活感が出ないぎりぎり。


 ベースは透ける白。

 そこに水色と銀。


 細かいラメを重ねて、

 光ったときだけ分かるように。


 派手すぎるとギャル感になる。

 でも、

 何もないのはもっと怖い。


 指先にも飾り。

 星、羽の指輪にチェーン。


 全部、

 引っかからない程度に。


 関節には、絆創膏。

 肌色じゃないやつ。


 白とか、水色とか、柄入り。

 版権のは、ちょっと違う。


 怪我してるわけじゃない。


 境界線だ。


 生身の感じを、

 隠すための。


 最後に、香水。


 ほんの一吹き。


 甘すぎない。

 でも、現実っぽくない匂い。


 近づかれたとき、

「人」より先に

「空気」が伝わるように。


 これは、コスプレじゃない。


 外に出るための、

 全部。


 鏡の前で、自撮り。

 光、角度、確認。


「……絶対、可愛いよね」


 根拠のある自信だ。


 でも、SNSは鍵垢。

 怖いから。


 知らない人に

 見られるのは無理。


 この格好は、

 誰かの評価のためじゃない。


 外に出るための結界だ。


 ――そう思って、玄関を出た。


 次の瞬間、

 石畳。


 見上げると、高い天井。

 割れたステンドグラス。

 赤黒い煙。


 大聖堂。

 しかも、戦争の最中。


 悲鳴。

 爆音。

 血の匂い。


「……は?」


 声を出す前に、

 視線が集まった。


 剣を持つ兵士。

 祈る神官。

 瓦礫の中の民衆。


 全員、

 切羽詰まった顔をしている。


 その中心に、

 盛りに盛ったボク。


 水色。

 白。

 銀。


 彩度が、浮いている。


「……色が」

「重なっている……」

「この世のものじゃ……」


 誰かが膝をついた。

 次々に、連鎖していく。


「天使……」

「装飾を纏った御使い……!」


 違う。


 好みの集合体だ。


 白いレースが、

 煙の中で揺れる。


「清めの白……」

「穢れを拒む層……」


 いや、

 生活感隠しです。


 厚底の羽が、揺れた。


「浮いている……」

「地に属していない……!」


 違う。


 地面が怖いだけ。


 ヘッドドレスに、

 灰が落ちる。


 反射的に、払った。


「……触れさせぬ」

「聖別された意匠……!」


 違う。


 汚れたくないだけ。


 ボクは引きこもりだ。

 戦えない。

 祈れない。

 説明もできない。


 ただ、

 盛らないと

 外に出られないだけだ。


 それでも。


 瓦礫の影から、

 小さな声が聞こえた。


「……きれい」


 喉が、詰まった。


 この世界は、

 もう余裕がない。


 だから、

 水色は奇跡で、

 白は救いで、

 盛りは神話になる。


「……今日は」


 小さく言う。


「たまたま、

 天使っぽいだけです……(泣)」


 その言葉は、

 祈りとして受け取られた。


 ――こうしてボクは、

 戦下の大聖堂に現れた

 盛りすぎ天使になった。


 帰りたい。

 部屋に戻りたい。


 でも、

 この服を着ている間だけは。


 ボクは、

 ここから逃げられない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る