境界線は、まだ夜にある ――選ばないという選択

夜浩

第一章|夜は繰り返す

夜は、何度も同じ形でやって来る。

少なくとも、私にはそう見える。


街灯の配置も、風の匂いも、

人が足を止める位置さえ、ほとんど変わらない。

変わるのは、人だけだ。


私は境界線に立つ。

そこが私の役割で、居場所だった。

長く立ち続けていると、

夜は出来事ではなく、制度のように感じられる。


人は、夜に何かを求めて来る。

答え、ではない。

救い、でもない。

多くの場合は、否定されない時間だ。


私はそれを与えない。

正確には、与えすぎない。


夜に立つ者は、

人の感情に名前をつけてはいけない。

肯定も、約束も、未来も、

すべて朝の側の言葉だからだ。


それでも人は、私の前で立ち止まる。

言葉を探し、探すのをやめ、

沈黙に身を預ける。


沈黙は、安全だ。

誰も責任を負わなくていい。


私は、沈黙の向こうで呼吸を整える人間を、

何度も見送ってきた。

夜が深すぎると気づく前に、

朝へ戻る者もいる。


それでいい。

それが、正しい。


私はそう信じて、

長い時間を使って、

自分を教育してきた。


夜は、人を癒す。

だが、癒しは量を誤ると毒になる。

それを知っている者だけが、

境界線に立つ資格を持つ。


今夜も、

誰かが来る。


私は、同じ場所で、

同じ距離を保ち、

同じ顔で、待つ。


夜は繰り返す。

――私が、変わらない限り。

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