第2話 地下牢


 席に着くと、そこにはお父様とお母様が座っていた。

 私の向かい側だ。


「遅刻だ。令嬢たるもの時間を守りなさい」


 うっ怒られた。


 厳しい目を向ける。彼はアルゼイヤ・ラーグ。この国の要人の一人であり、わたしたち姉妹の父親でもある。

 彼は、この国の政事にもかかわるほど立場の上の人間だ。


 そして、物語の根幹をつかさどる一人だ。

 勿論悪い意味でだけど。


 そしてやはり、案の定と言っていいだろうか。

 シエルはここにいない。


 

 シエルとはここ半年会っていない。それはこの体の記憶でだ。

 というよりもなぜかここ半年間の記憶が全くないのだ。

 記憶の混濁は終わり、ようやくこの体の記憶がまとまってきたというのに、この半年の事は何も分からない。


 もう、頭の痛みも治まった。また新たな情報を得ることはないのだろう。


 この事に関して私は一つの仮説を立てた。私を誰かがこの世界に呼んだのだと。

 本来ならあり得ない仮説だが、そもそもが死後にゲームの世界に転生するなんて言う、おかしな現象から始まっているのだ。


 もはや何があっても不思議ではない。

 元々の世界には私のこの魂は存在していないわけなのだから。


「難しい顔をしてどうしたんだ?」


 その言葉を聞き、私は顔を上げた。


「お前らしくない」

「失礼いたしました。すこし考え事をしていただけです」

「ならいい。遅刻したのを気にしてるんだと思ってな」


 遅刻したのはそこまで気にはしていない。そもそも頭の中が混濁し頭が軽く痛かったのだ。それにドレスの着かたもよくわからなかった。

 そんな中で五分遅刻で済ませたわたしを褒めて欲しい。


「一つ質問いいですか?」

「どうした」

「妹は今どこにいるのですか?」


 私は、単刀直入に言う。

 この人は、私を溺愛している。

 正妻との娘である私を。だからきっと私のお願いには頷いてくれるはずだ。


「だめだ、教えられない」

「会いたいんです」

「だめだ」



一蹴された。



「どうしてですか?」

「あれは、悪魔に取りつかれている。会わせるのはあまりにも危険なのだ」


 悪魔に取りつかれている。

 それは知っている。 それはシエルを非難するのに最も楽な言葉だ。

 闇の魔力。それを悪魔に取りつかれているという言葉で表しているのだ。

 

 この人は、アルゼイヤはシエルの努力を踏みにじっていたのだ。

 私の推しの努力を。


「分かりました、では」


 私はナイフとフォークを置き、立ち上がる。


「どこに行こうというのだ」

「シエルに会いに行きます」

「待て」「待ちません、あの子を救えるのは私だけですから」


 そう言って私はずんずんと階段を下りていく。


 会わせてくれないなら、私から会いに行くまで。

 やはり地下牢に折檻されているのだろう。


 許可を貰ってから、と思ったがもうその必要はない。

 わたしがシエルを助けなくてはならない。


 場所は地下牢というだけあって、地下なのだろう。それさえわかれば、あとは向かうのは簡単だ。

 障壁さえ無ければだけど。


 

 正確に言えば、妹が収監される期間は二年間だ。今から一年半投獄され続ける運命にある。


 その後は私と一緒に学園に通う事になっている。

 たったの二年、されど二年だ。それが妹の人格形成にどれほどの影響を与えたかなんて想像に難くないだろう。


 絶対に救ってあげなきゃだめだ。



 地下牢の場所に関する情報はあまり持っていない。

 感想シーンの途中で、地下牢のリーンはある。シエルの過去が明示されるシーンが終盤にあるのだ。

 

 しかし、正確な場所は明言されていない。流れるのは地下牢の中に入っていくシーンからなのだ。


 わたしは手探りで探していく。建物の中という可能性もあるし庭の可能性もある。この家にはかなりのお金がある。その分家も庭も広い。ここを一人で探していくのは、正直骨の折れる作業だろう。



「ここ?」


 私は呟く。

 庭の中に不自然な勃があった。

 私はその中を掘る。



 するとその中に、蓋があった。それをじっと見る。

 これは怪しい。そう思いわたしは蓋を引っ張る。


 案外蓋は簡単に撮れた。

 そしてそこには陽と一人が通れるかどうかみたいな穴があった。

 そして梯子がかかっている。


 少し怖いけど、その穴の中の階段をゆっくりとゆっくりと下っていく。

 暗くて、足場がおぼつかないので、降りるのは大変だった。

 漸く降り終わるとそこには、小さな小さな牢があった。


(ここかな)


 私はその中にある鉄格子を覗き見る。

 重々しい物だ。地中だからか、軽く苔が生えている。

 地下牢が作られたのはおそらくシエルが収監されるよりもだいぶ前からだろう。



 その中にはシエルがいた。

 彼女は三角座りをしており、目は暗かった。まるで闇を見ているようだ。


 闇落ちという簡単な言葉で、片づけられるような状態じゃない。

 全ての希望を失い、絶望しか感じ取っていない、そのような感覚がした。


 私は推しの絶望顔が好きだ。

 だけど、笑顔の推しも好きだ。それにゲームの世界でのシエルの最期は凄惨な物だった。闇の魔力。

 そして、魔王の力が混ざったせいで女神から嫌われてしまった。

 そのせいで、魂は天へと行けず、地上を愚かにも漂うという物だった。


 そんなの残酷すぎる。


 わたしはシエルの笑顔を取り戻してあげたいと思った。


 私はすぐに「ねえ」と声をかけた。


 シエルはその声を聞き、少し上を向く。

 よく見たら手に鎖がつけられている。

 酷い、ここまでするなんて。


「お、姉さま?」


 小声でシエルが呟く。


「いまさら何のよう、ですか?」


 この声の小ささを見るに、食事もまともに与えられていないのだろう。


「ごめんね」


 私はすぐに頭を下げる。


「え?」小さくそう、シエルは零した。


 え?なんて言うのも当然だ。ずっといじめてきてた姉が急に謝って来る。こんな奇妙な光景はないだろう。


「私が間違っていたわ。あなたは私のストレス解消のために、日々痛めつけられていた。それに対して許してもらえるとは思っていないわ。でも、償いになるならいくらでも謝罪の言葉を口にするわ」

「まるで他人事のよう……」


 感づかれている。

 私が実は、シエルの知っている姉ではないのだと。


「今まで受けてきた痛み、今でも許せない。父も母もあなたも!!」


 彼女から魔力がこぼれ始めている。

 そうだ、シエルは闇属性の魔法が得意だ。


 そのまま闇のオーラが蛇のように私に襲い掛かる、が

 。牢にかけられた魔法陣が打ち消した。


「私は、私は……」


 臆病。この子は臆病なのだ。

 自分が正しいという自信がない。


「でも、私はこれでいいんです」


 すぐに勢いをなくした。


「許せないけど、この世に不必要な存在なんだから」


 この子は、リエラや両親への怒りを持ちながら自分がこの世界に受け入れられていないことを知っていた。

 それはもちろんリエラや両親に色々と罵詈雑言をくらっていたからなのだけど。


「不必要な存在なんていない」


 私がそう言うと、シエルは不思議そうな顔をした。

 当然だろう。わたしが急にこんなことを言って、素直に受け入れられるわけがないだろう。



 今すぐに抱きしめてあげたい。今すぐに解放してあげたい。

 彼女の心を覆う闇から、このうす暗い牢から。

 だけど、それは私にはできない。この牢獄、そしてこの魔封陣の解き方が私には分からない。


「その魔力の事なんだけど、この世のために役立ててみない?」


 彼女をこの世に必要な存在にしてあげたい。


「え?」

「みんな、過去の私を含めて皆悪魔の力とか言うけれど、私には立派な力だと思うわ。だから、その力を私と一緒に強くして行かない?」

「でも、暴走したし」

「いいじゃない。暴走したときに止められるくらい私は強くなるわ」

「っ」


 じゃらっという鎖音と同時に「出てって」という怒声が聴こえる。


「誰にも分からないんだから。今の私の気持ちなんて」


 今日はこれ以上ここにいても仕方がない。

 これ以上ここにいたって無駄だ。


「また来るから」


 私はそう言って部屋から出て行った。

 おかしい、暴走したなんて話はゲームではなかったはずだ。

 私が記憶を失っていた半年間。正史とは違う事が起きている。そう感じた。

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