破滅の女神に愛され過ぎて邪教の使徒にしか就職できない

佐遊樹

第1話 邪教の使徒って社会保険入れますか

「使徒様、どうか我らにお慈悲を……!」


 俺に向かって、大の男がこうべを垂れて嘆願している。

 豪華な白い衣装が土に汚れるのもいとわず、文字通りに身を投げ出している。


 彼はシュラーデ王国の国教会に仕える聖職者だ。

 王様の指名に教会の幹部が口出ししまくれるこの国においては、下手したら騎士とか貴族とかよりも偉い存在だ。

 まあその騎士とか貴族とかも洗礼を受けて聖職者としての地位をもらうのが通例だけど。


「そこまでされてもなぁ……」


 安物の剣を肩に乗せて、俺は嘆息する。

 周囲には、銀色の甲冑に身を包んだ騎士たちがぱらぱらと倒れていた。全員気絶している。

 そのすべては、俺の手勢……と呼んでいいのだろうか、ともかく形式上は俺が率いている、『邪教の軍勢』によるものである。


「どーするの、使徒さま。こいつ殺しちゃう?」


 音もなく右隣にやってきた小柄な少女が、くすくすと笑いながら言う。

 その左右の手には、血の一滴もついていない短刀が握られていた。


 彼女は『混沌の巫女』として王国から指名手配されている少女、コトハ。

 俺を人前では使徒さまと呼んで担ぎ上げ、身内の前では使徒くん呼びで延々とからかってくる、結構ダルめな存在だ。


「やれやれ、何をするかと思えば命乞いか……」


 遅れて左隣にやってきたのは、俺より背丈の高い美女。

 武器は持っていないが、背の翼と、長い尾が特徴的だ。


 彼女は『焦土の悪龍』として長年封印されていた龍種族の女性、グルー。

 封印から目覚めさせてしまったが最後、なんかずっと付きまとってくるし、今度こそ死ぬまでついていくとかわけのわからないことを言ってくる謎の存在だ。


「ひ、ひいっ」

「おい。お前らの言動のせいで怖がらせちゃってるだろ」


 二人をとがめてはみたが、どこ吹く風とばかりに肩をすくめられた。 

 これだけ直接的に言ってダメなら、もう無理じゃん。


 まあとりあえずは、この集落からは出て行ってもらおう。

 別に侵略に来たわけじゃない。

 俺たちは、この集落に住む住民の一部から依頼されてやってきたのだ。


「とりあえず、ここからは出て行ってくれよ」

「は、はいぃ……」


 無茶な頻度で課される重税、教会で行われる恫喝行為。

 依頼者が語る聖職者たちの行いは、神が見ていればまず許さないものばかりだった。

 だからこそきっと、この世界に正しい神様はいない。


「あと、ここから一番近い教会騎士団の駐屯地は、この間俺たちが焼いちゃったから。どこかに増援を頼んでも当分こないよ」


 ここは王国の中でも結構辺鄙な土地だからな。

 俺たちが拠点としている禁領(グルーが封印されてた場所)が王都から遠く、活動範囲がそういう土地に集中しているのが功を奏しているわけだ。


 言うべきことは言い終わったので、俺は聖職者の男から視線を切る。

 ここからは、集落の人たちを集めて、いろいろと説明しないといけない。


「……とでも思ったかっ! 邪教のゴミどもが!」


 途端のことだった。

 聖職者の男が地面を弾いて立ち上がり、俺めがけて突進してくる。

 その手には鈍く光る小さな刃が握られていた。


 誰かが止める間もなく。

 そのナイフは俺の腹部にめり込み、根元までしっかりと突き刺さった。


「はあっ、はあっ、神の威光に逆らう愚か者が!」


 唾を散らしながら男が怒鳴り声をあげる。

 う、うるせぇ~~。なんでこれで勝った気になれるんだよ。


「お前、めちゃくちゃな自殺志願者か?」

「えっ……」

「お前が信じる神と敵対してる存在を、そんなナイフで刺し殺せるわけがないだろ」


 ナイフの根元まで刺さった、常人ならば死は避けられない状態。

 なのに、刺した側の男が顔を青くして、脂汗をにじませながら俺を見上げている。


「な、な……」

「何?」

「……なんだ、これ?」


 何を刺したかわからないんだろう。

 だって血も出てこないし、刺した感触もおかしいし。

 聖なる力を宿してるわけでもない、ただの刃物じゃそれが限界だ。


「えーとなんだっけ……コトハ説明頼む」

「説明したげようっ! 戦闘中の使徒さまは邪神さまの加護を全開でまとってるから、異教の人間が触っただけで精神汚染されるパッシブスキルを発動中なのだっ!」


 何回聞いても意味わからん……ぱっしぶってなんだよ……?


「というか、いつまでそうしている。どけ」


 近寄ってきたグルーが、バシィ! と男をビンタで吹っ飛ばした。

 彼は声もなく地面をゴロゴロと転がっていき、遠くの岩にぶつかって止まった。


「まあ刺されていい気分はしないけどな。イテテ」


 腹部からナイフを引き抜き、その辺に放り捨てる。

 血は出てないしダメージもないんだけど、刺された瞬間はさすがに痛い。体が勝手に痛みを感じてしまうのだ。

 そりゃそう、変な力を押し付けられているだけであって、俺はあくまでも人間だし。


「仕方ないなあ使徒さま。痛いの痛いの、とんでいけーっ♡」


 ぬるっと近づいてきたコトハが、刺されたところをさすった後に腕を振り上げる。

 すると、周辺に倒れていた騎士たちが、「ぎゃあっ」「ぐわああっ」「ひぎゅっ」と苦悶の声を上げ始める。

 気絶していたところを、激痛で無理やり叩き起こされたって感じだ。


「本当に飛んでいくことある? あと、もっと遠くに飛ばしてやれよ。どっちかっていうと振りまいてるんだよこれ」

「親切でやったのにぃ」


 唇を尖らせるコトハ。

 そもそもどういう原理で俺の痛みを他人に転移させてんの? 意味が分からない。本当に怖すぎる……


「俺のことはもういいから。とにかく村の人たちを集めないと」


 言いつつ視線をめぐらせると、ぼろい家屋の陰に身を潜めている村人の姿があった。

 コトハたちと共にそちらに近づくと、あちこちを縫い直した服を着た女性が、何かを抱えてうずくまっている。


「すみません」

「ひっ……」


 声をかけると、その女性は悲鳴ともつかない音だけを漏らした後、ぎゅっと目を閉じて地面に身を伏せた。


「お、お許しを……」


 彼女が腕の中に幼子をかばっているのは、すぐに分かった。

 やせ細った子供だ。顔つきも肌も、健康とはいえない。飢えている。


 俺はざっと村を見渡す。

 農作物は実りが悪い。無茶な収穫を強いられて、土地がやせ細っているんだ。


「ここもこんな感じか」

「どこもそうだ。中央から離れれば、神帝ドミニウスの名の下に、聖職者たちは横暴の限りを尽くしている……何も変わっていない……」


 そう語るグルーの目は、昔を思い出すように遠く、けれど懐かしむようなものではなかった。

 コトハといい、グルーといい、俺の知らないことをたくさん知っている。いい加減に教えてほしいもんだがな。


「とりあえずは教会の連中を追っ払って……それからはいつも通り、うまく代役を立てて後任に交渉してもらうしかないけど……うーん、やっぱ脅しはよくないよなぁ」

「何言ってんの使徒さま、こいつらの首から下だけを教会にぶら下げておけば、ビビってなにも要求してこなくなるよ?」


 考え方が蛮族過ぎるんだよ。

 こいつのこういう言動が俺たちの教団の評判を落としてるんじゃない?


「コトハの案は却下として、とにかくやることをやるか。グルー、負傷者を一か所にまとめておいてくれ」

「分かった、任せておけ」


 グルーは長い尻尾を振り回し、倒れている騎士たちを、石ころを蹴るみたいにして吹っ飛ばし始めた。

 それが致命傷になっちゃいそうだからやめてあげろよ。


「……え、ええと」

「もう起き上がっても大丈夫。ほかの人たちは隠れてるんだろ? とりあえず集めてくれ。俺たちを呼んだ人も、その中にいるだろうし」


 そう言って、俺は彼女に手を差し出す。

 おずおずと応じながらも、彼女はこちらを見つめる目に戸惑いを浮かべていた。


「あなたは一体……」

「俺は」


 言葉を切って、数秒黙った。


「俺は……ヤイチ・アッシズ。どこにでもいる男だよ」

「それは嘘でしょう」

「名前で嘘とかつくわけなくない?」

「名前の後です」


 母親の指摘は真顔だった。聞いた俺側も真顔になる代物だった。


「お目が高いねママさん! そう彼こそが! シュラーデ王国大聖堂にて教会に宣戦布告し! 騎士団の追撃を翻弄した末に王都を単身脱出! 現在は教会から『邪教の使徒』と名指しで指名手配されている使徒さま! その名もヤイチ・アッシズだよ!」


 パンパカパーンとめでたい音を鳴らし(どうやって鳴らしてんの?)、コトハが俺を派手に紹介する。

 背後ではグルーがうんうんとうなずいている。バカのくせに後方理解者面したがるの本当にやめた方がいい。


「やめろ全部バラすな! 自分で名乗るのが嫌過ぎるから言わなかったんだよ」

「そんなに自分の名前が嫌いなの? かわいそう……」

「そっちじゃねえよ。なんなら好きだよ」

「あははっ、私もヤイチって名前好きだよ~♡アッシズは似合ってなさ過ぎて最悪だけど」

「名字の方にケチつけてくることあるの?」


 背後ではグルーがうんうんとうなずいている。バカのくせに後方理解者面したがるの本当にやめた方がいいって言ってるだろ。


 とその時、遠くから複数の足音が聞こえてきた。

 先行した俺たちに続く後続の教団メンバーが到着したようだ。


 幹部陣が先行するの、冷静に考えておかしいよな。

 偉くなると仕事が増えるっていうけど、偉くなった結果、現場での肉体労働が増えている。話が違う。


 そもそもこの仕事……仕事? 仕事なのか?

 給料もらってるわけじゃない。税金を納めてないから、国営の施設とか行けないし。

 あと保険だよ保険。怪我したらどうすんの? 俺が邪神パワーで無敵みたいになってるのは戦闘中だけだし、そもそもちゃんとした騎士相手だと普通に傷負うし。邪教の使徒って社会保険入れますか? 入れないっすか、そうすか……


 今後の想像をするだけでも、気が重くなってくる。

 俺はどうしたらいいんだろうか。



『あらら。私が眠っている間に、また一仕事したのね』



 ——その時、声が響いた。

 とはいっても、集落の人々や、気絶した聖職者たちの耳には届かない声だ。


 その神の姿は、俺以外には見えない。

 その神の声は、俺以外には聞こえない。

 ただ、コトハとグルーは教団幹部なだけあって、存在を感じ取っているらしい。静かに背筋を伸ばしていた。


「ヴォイド、寝坊しすぎだろ」

『ひどーい。前は窓を乗り越えて、私が毎朝起こしに行ってあげてたのよ?』


 ……いつも通り、この神様はわけのわからない話しかしてこない。

 前っていつなんだよ。知らない思い出話ばっかりされるの、本当に怖いんだよ。


「じゃあお前が俺を起こしてくれてもいいんじゃない? コトハもグルーも、起こし方が心臓に悪くってさあ」

『ふふ、お寝坊さんなのは変わってないのね』


 ふわりと、視界を銀色が覆った。

 俺の背後に顕現した邪神——本人いわく『端末体』——が、俺にしか見えない状態で、俺の顔を覗き込んできているのだ。


『でも、元気なのはいいことよ。寝る子は育つっていうし、もっと育ちましょう』

「俺は植えたての植物か何かか?」

『芽吹くのを待つのは大好きなの』


 彼女の赤い瞳には、本物の愛情が宿っている。

 それぐらいは、俺にもわかる。だからって全部を許容できるわけじゃない。


「そもそも見守られなくても勝手に育つけどな……」

『いいえ、それは違うわ。君のことは、私がずっと見守ってあげなくちゃいけないの』


 だって、俺の将来がお先真っ暗なのは。

 というかそもそも、俺が邪教の使徒なんて呼ばれているのは。



『——だって君は、私の使徒だもの♪』



 ……この『破滅の女神』ヴォイドのせいだ。



 なぜ俺がこんな状況に身を置いているのか。

 それを語るには、大体二か月ほど前。

 王都にて行われた聖印の儀までさかのぼる必要がある――

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