第4話 二人の関係

「潜伏騎士」は、ノイスヘルネ王国軍の中でも、いわゆる「エージェント」や「工作員」といった類いの存在で、その正式な人数は公開されていないが、千人は超えると言われている。


 普段は民間人の中に溶け込んでおり、自らを潜伏騎士であると告げることは通常、禁止されている。 

 潜伏騎士同士でその正体に気づいた時や、上役に紹介されたときなど例外はあるが、いずれにせよ基本的には民間人として活動していて、多くがアニーのような諜報員だ。


 だが、戦闘も行う潜伏騎士の場合、国家から給与の他に、任務に必要な様々な魔導アイテムが支給される。

 今回も、アクトとミリアに引き渡されることになった装備類は、相当高性能なものだった。


 あらゆる攻撃から使用者の身を守る、強力な魔力結界を展開するインナーパワースーツ。

 百種類以上もの魔術が彫り込まれた魔水晶を内蔵するリストバンド。

 それから魔力を受け取り、そのもの自体が魔法の触媒となるパワーグローブ。

 目を保護することはもちろん、暗闇でも視界を保ち、さらに高度な魔力探知機能を持つ特殊なゴーグル。

 ミリアがそれらの機能をアクトに一通り説明するのに、一時間近くかかった。


 彼女が説明書を一切見ずにそれらの性能や使い方を完全に把握していたことに感嘆したアクトだったが、彼もまた自分の身を守り、任務遂行に役立ってくれるそれらの魔導アイテムについて真剣に聞き入っていた。


「……以上、今回の支給品の説明を終わります……武器と小物類以外、ほぼ全部更新となったけど、なにか質問とかある?」


 ずっとしゃべっていたので流石に疲れた様子のミリアだったが、相変わらずその目は輝いている。まるで早く実戦で使ってもらいたい、という期待を込めているかのようだった。

 もちろん、戦闘を望んでいるわけではなく、隠密行動での使用が前提なのだが。


「質問、か……そうだな、これってもし自腹で買ったとしたら、総額、いくらぐらいになるんだ?」


「値段? さあ……これだけ高品質だったら、軽く億は超えるんじゃない? ちなみに、私もサイズが違うだけでお揃いよ」


 事情があってアクトとペアを組むことが多いミリアが、ニコニコと笑顔でそう答える。


「億!? ……俺の安月給とハンターの収入だと、一生買えないんじゃないか?」


「あははっ、アクトならハンターで成功してもっと稼げると思うけどね。でも、この装備で高レベルの魔獣を狩って、それでお金を稼ぐなんていうのはもちろん厳禁だからね」


「それは分かっているけどさ……いい支給品を与えられる分、面倒な任務を押しつけられるのも考え物だな……」


「この前の真竜退治は、わりと簡単だったんじゃないの?」


「あれはたまたま条件が良かっただけだから……それに人間関係の方が面倒だった」


「あははっ、第三騎士団のお偉いさんと揉めたんですってね……まあそれも仕事のうち……って、そんなことよりもうこんな時間になってる! 新しい任務って言ってなかったっけ?」


「あっ、そうだったな、軍団長に怒られる……こっちの人間関係も面倒だな……」


「そうかな? アクトとギルド長、仲良さそうに見えるけど……まあ、急ぎましょ!」


 ミリアは相変わらず笑顔でそう答えた。


 アクトとミリアの二人が建物の奥に籠もってから、既に一時間が過ぎていた。

 店番をしていたアニーだったが、早朝を過ぎたこの時間帯はハンターが皆、魔獣狩りや遺跡探索に出かけてしまって、比較的暇だ。

 そんなこともあって、まだ若い彼女は、四十歳ぐらいのベテラン女性店員、ジョセフィンに二人のことを聞いてみた。


「そう、彼がミリアちゃんの恋人のアクト君よ。あの若さで、三つ星ランクの上級ハンターなの。すごいでしょう? ちなみにミリアちゃんも、お店の装備と彼に手伝ってもらっているおかげで、たまに魔獣狩りや遺跡探索に出かけているだけだけど、二つ星の中級ハンターでもあるのよ」


 まるで自分の息子、娘を自慢するかのように話すベテラン店員。

 ちなみに、アクトはまだ十八歳ということで、アニーにとっては2つしか違わない相手だった。

 それがもう、この遺跡攻略都市ザーレの中でも百人ほどしか存在しない上級ハンターだというのだ。


 世の中には才能がある人がいるものだ……と考えると同時に、そんな能力と容姿を兼ねそなえた青年がミリアの彼氏であること……いや、だからこそ、容姿端麗で誰にも好かれる、店員としても優秀な彼女の恋人になっているのだと考え、素直に羨ましく思った。


 しかし、その二人が潜伏騎士の中でも上位の存在であること、そして恋人同士は「設定」であり、実際はもっと複雑で、それ以上の関係であることまでは見抜けないでいた。

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