第2話 コレがアナエルの名乗りだ! 暴精霊女の本当の姿!?

目の前に現れた少女は、

スピキャスのアナエルそのもの……に見える。


――そんな馬鹿な。嘘だろ!?


「スピリットがっ、実体化したっ!」


主良しゅらの声は上ずり、

思わず棒読みのような口調になってしまった。


銀髪の少女は主良を見下ろすように、

すらりと伸びた足を揃えてベッドに立っている。


ふぅ――と、

鉄面皮の女神が薄く整った唇を開いた。


「マスター。デッキを組みましょう、そんなことより」

「そんなことだとぉ!?」

「カードゲーマーにとっては最も大事なことかと」

「デッキ構築の他にも、大事なことはあるだろ……!

 環境を把握するために情報を集めるとか、

 研究が進んでないカードを探してみるとか、

 を通してプレイングを身につけるとか――」


いや、何を言っているんだ、俺は。


少女のペースに乗せられて、

主良はあらぬことを口走っていた。


訂正しようとする前に、少女が頷く。


「――。肯定します。

 良いアイデアです、流石は切札のマスター」

「は?」

「失礼します、僭越ながら」


一歩。

柔らかなマットが沈み、距離が詰まる。


「ま、待っ……!」


主良が言い終えるよりも早く、少女が膝をつき、

するりと身体を傾けた。



「デッキ構築の前に、

 まずは切札のスペックをご確認ください。

 切札はずっと、あなたを見ていましたが……

 マスターも……

 カードとしての切札を見つめてくれたけど……

 初めてに、なりますね。

 互いに相互間通信コンタクトを交わすのは」



主良はまじまじと少女を見つめてしまう。


テカテカと光沢を帯びた銀色のスーツが光を弾き、

ぴったりと張り付いて少女の曲線美を象っている。


――近すぎる!


思わず息を呑んだ瞬間、

ふわりと甘い匂いが鼻孔をくすぐった。


まるで作り物みたいに綺麗な――表情一つ変えない、陶磁器でこしらえた人形みたいな女の子なのに、こうして傍にいると――生身の体温と、気配を感じる。


「……っ!」


心臓が、うるさい。

CSの決勝卓でも、こんなに鼓動が大きくなることなかった。


「(くそっ、禁断の鼓動ってやつかよ……!)」


つい、と少女の指先が伸びる。


髪色と同じく銀に染まった爪――

冷たい指先が、主良の唇に触れた。


「マスター。

 あなたは抜こうとしました……切札を」

「切札……?」


少女は主良の唇を撫でたのと同じ指先で、

少女自身を指した。


「それは、君のことなのか?」

「肯定します。

 切札は、あなたの切札エース


どうやら、の女の子らしい。

語尾がザウルスのキャラみたいなものだろうか。


「マスターが切札のことを愛しているのは既知の事実であるため、わざわざ名乗るのは資源の浪費/Squandered Resourcesかと想定しておりましたが――マスターの認識を考慮せずに、どうやら先走ったようですね、このお茶目な切札は。てへっ」


ぺろり、と無表情のまま舌を出し、


シュコォ シュコォ シュコォー

と、少女は何度も片目を閉じた。


それで、ウインクのつもりなのか……!?


「罪深きものを見続けると目が乾く音だろ、それは!」

「では名乗りましょう、あらためまして」


二つ結びのツインテールを揺らし、

銀髪の少女はベッドの上に仁王立ちになった。



「切札こそは波浪計画の第三世代機、

 次世代神造姫ネクス・ハートの最高傑作。

 Artificial(アーティフィカル)

 Natural(ナチュラル)

 Agglutination(アグルチネーション)

 EMETH(エメス)

 Lady(レディ)


 略してアナエル。

 へへ…デッキに入れてください、マスター」



アナエルは名乗った。

名乗ったの、だが。


すぅー、と主良は息を吸い込む。



「途中まではカッコよかったなぁーーー!?

 でもなァ……なんで最後が


 俺、渋井丸 拓男

 略してシブタク

 へへ…付き合ってよ おねーさん


 形式の名乗りなんだよッ!?」



アナエルと名乗る少女は、可愛らしく首をかしげた。


「マスターが最近、デスノートにハマっていたからですが……?」


「くっ、君は本当にアナエルなんだな……!」


主良のことをずっと見ていた、というのも真実らしい。

アナエルは再び膝をつき、主良に迫る。


「戻しましょう、元の話題に。

 マスターは、切札をデッキから抜こうとしました。

 それがどういう意味か……わかっていますね?」


「い、意味って言われても……」


まずい、このままではわけもわからぬまま、

初対面の女の子と体のシャッフルになりかねない。

そんなのは、ダメだろ……!


主良は視線を逸らそうとして――気づいた。


「あ」


ベッドの上。

二人のあいだに、無造作にカードが散らばっている。

このまま押し倒されたら……!


「待って! アナエル、ストップ!」


「止まるんじゃねえぞと、

 ガンダムが言っています……!」


「それを言ったのはガンダムじゃなくてオルガだろ!

 ちょっと、本当に待ってくれ!

 カード! カードが折れるッ!」


一瞬の沈黙。


アナエルは周囲を見回して、惨状に気づいた。

彼女が実体化するときに起きた風で、

【神造】デッキのカードが部屋中にバラバラになっていたのだ。


「……ほんとだ。謝罪します。ごめんなさい」

「いや……こっちこそ、ごめん。

 つい、大きい声が出ちゃってさ」


主良は慎重にカードを拾っていく。


「そうだ、アナエルのシク版!

 あれだけは絶対に探さないと……!」

「は、はいっ……!」


アナエルは視線を落とし、一枚のカードを手に取る。


「あった! マスター、これです」

「おっ、ありがとう!」


主良はカードを手に取り――

驚きに目を開いた。


次世代神造姫ネクス・ハートアナエル》。


カードからイラストが飛び出す、

オーバーフレーム仕様の特別カードは――

空白ブランク

アナエルのイラストだけが、抜け落ちている。


「……そうか。アナエルがここにいるから、か」

「肯定します、マスター。

 切札はあなたの元にやって来たのです」


本当に、カードの女の子が実体化している……らしい。

衝撃に理解が追いつく――理性でなんとか抑え込む。


主良はようやく、

とんでもない非現実できごとが起きていると理解した。


ならば、残酷な根本原理を告げなければならない。



「アナエル。君に言わなきゃいけないことがあるんだ」

「疑問です。なんでしょう、マスター?」


まっすぐなアナエルの瞳を見つめ、主良は叫んだ。


「君を……【神造】デッキから追放するッ!」

「ええっ!?」



次回、アナエルをデッキから抜くべき理由――三選!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る