唐の時代の漢詩

顔真卿ガン シンケイ

楷書・行書の大家。剛健で力強い筆致が特徴。「多宝塔碑」「祭姪文稿」などで知られ、唐の官書(公的書体)の代表。

柳公権リュウ コウケン

楷書の名手。細く均整の取れた筆法で、皇帝の勅命書を多く手がけました。「玄秘塔碑」が有名。

楊煥之ヨウ・カンジ

行書・草書の達人。流麗で自然な筆勢が特徴。「神龍碑」などで評価され、唐の三筆の1人に数えられます。


杜甫「春望」

※唐代の安史の乱(安禄山の乱、755-763年)、唐の首都・長安が叛軍に占領された時期に作られた五言律詩。757年(至徳二載)3月、暮春の頃。長安に幽閉された状態で、春の訪れという本来喜ばしい季節が、逆に国破れ家亡の現実を強調し、触景傷懷(景色を見て感慨にふける)となった。


 国破山河在クオク パ サン カ ザイ

 国 破れて 山河 あり。

 城春草木深ジョウ シュン ソウ モク シン

 城の 春に 草木 深し。

 感時花濺淚カン ジ カ セン レイ

 時に 感じて 花の 淚を 濺き

 恨別鳥驚心ハン ベツ チョウ キョウ シン

 別れを 恨みて 鳥の 心を 驚かし。

 烽火連三月ホウ カ レン サン ゲツ

 烽火 三月を 連ね。

 家書抵萬金カ ショ テイ マン キン

 家の 書 万金に 抵る。

 白頭搔更短ハク トウ ソウ サ カウ タン

 白頭を 搔けば ますます 短し。

 渾欲不勝簪コン ヨク フ ショウ シン シィム

 全く 簪に 勝えざらん 欲す。


杜甫「北征」(ほくせい)

※杜甫が安史の乱の最中に家族の安否を気遣いながら長安から鄜州(ふしゅう)へ向かう旅を描写した長編の五言古詩で、彼の現実主義と深い人間的感情を象徴する作品です。


 皇帝二載秋コウ テイ ニ サイ シュウ

 皇帝 二載の 秋、

 閏八月初吉ジュン ハチ ゲツ ショ キチ

 閏八月の 初吉、

 杜子将北征ト シ ショウ ホク セイ

 杜子 将に 北征せん、

 蒼茫問家室ソウ ボウ モン カ シツ

 蒼茫として 家室を 問う。

 維時遭艱虞イ ジ ソウ カン ヨ

 維れ 時に 艱虞に 遭い、

 黽勉空仰止ビン ベン クウ ギョウ シ

 黽勉 空しく 仰止す。

 顧慚恩私被コ サン オン シ ヒ

 顧みて 恩私の 被に 慚じ、

 詔許帰蓬茨チョウ キョ カイ ホウ シ

 詔 蓬茨に 帰るを 許す。

 邦君難再得ホウ クン ナン サイ トク

 邦君 再び 得がたし、

 骨肉且相悲コツ ニク シャク ソウ ヒ

 骨肉 且つ 相 悲しむ。

 黯然魂欲下アン ゼン コン ヨク カ

 黯然として 魂 下らんと 欲し、

 涙尽目亦枯ルイ ジン モク エキ コ

 涙 尽きて 目 亦た 枯る。

 秋風動禾黍シュウ フウ ドウ カ ショ

 秋風 禾黍を 動かし、

 蟋蟀鳴戸枢シッ スイ メイ コ スウ

 蟋蟀 戸枢に 鳴く。

 城郭生荆棘ジョウ カク セイ ケイ キョク

 城郭 荆棘を 生じ、

 村墟空桑枢ソン キョ クウ ソウ スウ

 村墟 桑枢を 空しくす。

 行行念妻子コウ コウ ネン サイ シ

 行行 妻子を 念い、

 眷眷存園廬ケン ケン ソン エン ロ

 眷眷として 園廬を 存す。

 嗟余久留滯サ ヨ キュウ リュウ タイ

 嗟く 余 久しく 留滞し、

 不得奉簪裾フ トク ホウ シン キョ

 簪裾を 奉ずるを 得ず。


李白「将進酒」(しょうしんしゅ、酒を進むるに将たす)

※李白の豪放な詩風と人生哲学を象徴する代表作で、七言古詩の形式で書かれた作品。


 君不見黄河之水天上来クン フ ケン コウガ ノ スイ テン ヨリ ライ

 君 見ずや 黄河の 水 天より 来たる、

 奔流到海不復回ホンリュウ トウ カイ フ フク カイ

 奔流 海に 至りて 復た 回らず。

 君不見高堂明鏡悲白髪クン フ ケン コウ ドウ メイ キョウ ヒ ハク ハツ

 君 見ずや 高堂の 明鏡 白髪を 悲しむ、

 朝如青絲暮成雪チョウ ジョ セイ シ ボ セイ セツ

 朝は 青絲の 如く 暮れに 雪と 成る。

 人生得意須尽歡ジン セイ トク イ ス ジン カン

 人生 得意なれば 須く 歓を 尽くし、

 莫使金樽空対月バク シ キン ソン クウ タイ ゲツ

 金樽を 空しく 月に 対せしむる 莫かれ。

 天生我才必有用テン セイ ガ サイ ヒツ ヨウ ヨウ

 天 我が 才を 生ずれば 必ず 用あり、

 千金散尽還復来セン キン サン ジン カン フク ライ

 千金 散じ尽くすも 還た 復た 来たる。

 烹羊宰牛且為楽ホウ ヨウ サイ ギュウ シャク イ ラク

 羊を 烹し 牛を 宰して 且く 楽を 為し、

 会須一飲三百杯カイ ス イチ イン サン ハイ

 会して 須く 一飲 三百杯せん。

 岑夫子丹丘生シン フ シ タン キュウ セイ

 岑夫子 丹丘生、

 将進酒杯莫停ショウ シン シュ ハイ バク テイ

 酒を 進め 杯を 停むる 莫かれ。

 与君歌一曲ヨ クン ガ イチ キョク

 君と 与に 歌を 一曲し、

 請君為我傾耳聴セイ クン イ ガ ケイ ジ チョウ

 請う 君 我が 為に 耳を 傾けて 聴け。

 鐘鼓饌玉不足貴ショウ コ カン ギョク フ ソク キ

 鐘鼓 饌玉 貴ぶに 足らず、

 但願長酔不復醒タン ガン チョウ スイ フ フク セイ

 但だ 願う 長く 酔いて 復た 醒めざらん。

 古来聖賢皆寂寞コ ライ セイ ケン カイ セキ バク

 古来 聖賢 皆 寂寞、

 惟有飲者留其名ユイ ユ イン シャ リュウ キ メイ

 惟だ 飲者 其の 名を 留む。

 陳王昔時宴平楽チン オウ セキ ジ エン ヘイ ラク

 陳王 昔時 平楽に 宴す、

 斗酒十千恣歡謔ト シュ ジュッ セン シ カン ガク

 斗酒 十千 恣に 歓謔す。

 主人何為言少銭シュ ジン カ イ ゲン ショウ セン

 主人 何ぞ 銭 少なしと 言わん、

 径須酤取対君酌ケイ ス コ シュ タイ クン シャク

 径に 酤ち取り 君に 対して 酌まん。

 五花馬千金裘ゴ カ バ セン キン キュウ

 五花馬 千金の 裘、

 呼児将出換美酒コ ジ ショウ シュツ カン ビ シュ

 児を 呼んで 将に出して 美酒と 換え、

 与爾同銷万古愁ヨ ジ ドウ ショウ バン コ シュウ

 爾と 与に 万古の 愁を 銷さん。


王維「桃源行」(とうげんこう)

※王維の山水田園詩人としての特色と仏教・道教の影響を色濃く反映した代表作


 漁舟逐水愛山春ギョ シュウ チク スイ アイ ザン シュン

 漁舟 水を 逐いて 山春を 愛す、

 両岸桃花夾古津リョウ ガン トウ カ キョウ コ シン

 両岸の 桃花 古津を 夾む。

 坐看紅樹不知遠ザ カン コウ ジュ フ チ エン

 坐して 紅樹を 見て 遠きを 知らず、

 行尽青渓不見人コウ ジン セイ ケイ フ ケン ジン

 青渓を 行尽くして 人を 見ず。

 山口潜行始隈隩サン コウ セン コウ シ ワイ イク

 山口 潜み行きて 始めて 隈隩す、

 山開闊然披平陸サン カイ カツ ゼン ヒ ヘイ リク

 山 開けて 闊然として 平陸を 披く。

 遥看一処攢雲樹ヨウ カン イチ ショ サン ウン ジュ

 遥かに 見て 一処に 雲樹 攢る、

 近入千家散花竹キン ニュウ セン カ サン カ チク

 近く 入れば 千家 花竹を 散ず。

 樵客初伝漢姓名ショウ カク ショ デン カン セイ メイ

 樵客 初めて 漢の 姓名を 伝え、

 居人未改秦衣服キョ ジン ミ カイ シン イ フク

 居人 いまだ 秦の 衣服を 改めず。

 居人共住武陵源キョ ジン キョウ ジュ ブ レイ ゲン

 居人 共に 武陵の 源に 住し、

 還従効外置田園カン ジュ コウ ガイ チ デン エン

 還た 効外に 従いて 田園を 置く。

 月明松下房櫳静ゲツ メイ ショウ カ ボウ ロウ セイ

 月明 松下 房櫳 静かなり、

 日出雲中鶴鳥喧ニチ シュツ ウン チュウ カク チョウ ケン

 日出でて 雲中 鶴鳥 喧しい。

 因思杜陵夢イン シ ト リュウ ム

 因りて 杜陵の 夢を 思い、

 凫雁満回渓フ エン マン カイ ケイ

 凫雁 回渓に 満つ。

 欲去不得去ヨク キョ フ トク キョ

 去らんと 欲して 去ることを 得ず、

 思帰復何時シ キ カン プ ガ ジ

 帰るを 思いて 復た 何時ぞ。

 鶴唳一聲天際遠カク レイ イチ セイ テン サイ エン

 鶴唳 一声 天際 遠く、

 桃源空憶旧游時トウ ゲン クウ ヤク キュウ ユウ ジ

 桃源 空しく 旧游の 時を 憶う。

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