初恋はレンゲ畑で
郡陸理佐
初恋はレンゲ畑で
学校帰りの田舎道
僕とあの子は、なぜか相撲を取った。
確か、小学校三年生の春だった。
最初に胸を支配したのは、レンゲを踏み荒
らしてしまうことへの、理由のはっきりし
ない畏れだった。
だが一歩、畑に足を踏み入れた瞬間、その
感情は音もなく崩れた。
次の瞬間には、二人とも駆け出し、勢いの
ままレンゲの中へ突っ伏していた。
頬に触れたのは、植物の冷えた温度だっ
た。
陽に温められた空気との差が、幼い感覚に
もはっきりと伝わる。
そこに確かに、生き物があった。
そこから相撲が始まった。
何度組み合っても、同じ形になり、同じ技
で僕は転がされた。
レンゲはなぎ倒され、花の海の中に、小さ
な土俵ができていった。
倒れた僕の上に、彼女が重なるように落ち
てきた。
勢いのせいか、偶然か、彼女の頬が僕の頬
を押し込む。
――わざとじゃないか。
その考えと同時に、
名前のない淡いものが、胸の奥に植え付け
られた。
やがて、僕が勝った。
同じように倒れ込み、見上げる目と、見下
ろす目。
時間が、一瞬、息を止める。
浮遊する思いを抱えたまま家に帰り、母に
相撲の話をした。
もちろん相手は誰かは言わなかった。
母は少し眉をひそめた。
「あれはね、お百姓さんが、畑の肥料に育
ててるの。
入っちゃ駄目なんだよ」
知らなかった。
胸の奥が急に冷えた。
その夜は大好きな唐揚げを残し、風呂でも
身体をこすらなかった。
翌日。
田んぼに差しかかる。
ぐしゃぐしゃだろうな。
謝りに行くのかな。
右手に広がる、一面のレンゲ畑。広い。
―――ない。
倒れたはずの場所が、どこにもない。
引き返してみる。
ない。
ここらへんだったのは確かなのに
訳もわからないまま駆け出した。
心配になって、先生に尋ねた。
「レンゲは強いからね。一晩で元に戻る
よ。先生もよく荒らして怒られた」
胸の奥が、ほどけた。
あれから二十年余り。
同窓会に集まった十三人。
ああ、あの子だ。
卓を離れ声をかける。
「レンゲ畑で相撲取ったの覚えてる?」
「ごめん、全然記憶にない」
横にいた大志が笑う。
「お前、園田地区だろ。鏡橋とは方向逆だ
ぞ」
おかしいなあ。
すごすごと席に戻る。
ビールがふやけた味になっている。
今まで疑いもなく、彼女だと思っていた。
甘く柔らかな感情が、静かに固まっていく
のが辛かった。
「聞こえてたよ」
顔を上げると、雛が立っていた。
「それ、私」
二十年の時間は、その一言で埋まった。
そして今、レンゲ畑。
新鮮で冷たい。
彼女の頬は、
初恋はレンゲ畑で 郡陸理佐 @HgmY2820GhyM
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