捕鯨戦艦アマト
はんすけ
第1話 SOS鯨!! 甦る捕鯨戦艦アマト
2025年12月××日AM5時58分、三重県志摩市は神路湖にて、捕鯨戦艦アマトは全ての発進準備を終えていた! 全長265.8メートル、全幅34.6メートル、排水量62000トン、数字通りのモンスター。その甲板に、ボーイングが着陸する。タラップを降りてくるのは、内閣総理大臣、安円(あん まどか)だ。
「この暴挙を止めなければならない。日本国の存亡がかかっている」
和製アイアンレディの通り名を持つ安でさえ、発した声は緊張のあまりに震えていた。彼女だけではなく、SPの二人も緊張を隠しきれていない。MMAを極めた猛者と空道を修めた強者、ステゴロで熊をも殺す男が二人そろって眼光を乱している。当然、フルオートマチックは装備している。文字通り鬼に金棒の状態だ。それでも、臆している。
「この艦の奴ら、全員、傭兵の類だ」私語厳禁のSPが、漏らした。「それも実戦経験が豊富な奴らだ。俺には分かる」
三人は艦内を歩いている、内閣総理大臣が歩いているのだ。しかし、案内を買って出る者などは皆無で、発進を待つのみとなった乗組員たちは思い思いに酒を楽しみ、カードを楽しみ、明らかに非合法な葉っぱを楽しんでいる。
「原子力艦だぞ」私語厳禁のSPが、漏らした。「イカれているのか、こいつら」
なにせデカい艦だ、右舷に回り込むだけで数分を有した。しかし、そこから上甲板まではエレベーターでスピーディーだ。三人は艦長室に到着した。
洋風・・・・・・艦長室に対して三人が抱いた第一印象はそれだった。そうして、調度品がどれも高級品であることに気が付く。執務用であろう机もポラダ、そこに座する男こそ、捕鯨戦艦アマトの艦長、永倉二十三(ながくら にとぞう)だ。椅子もポラダだというのに、あえて天板に尻を置くワイルドスタイル。
海の漢・・・・・・永倉に対して三人が抱いた第一印象はそれだった。そうして、ズボンもブーツも高級品であることに気が付く。言うまでもなく、上半身は裸だ。それが海の漢でありワイルドスタイルだ。
「デカい筋肉だ。メガトン級よりデカい」私語厳禁のSPが、漏らした。「本当に77歳か?」
「すまねぇなぁ、総理」永倉の声は、月並みだが、海よりも深かった。「レディのエスコートを任せられるようなジェントルマンは、この艦に一人もいねぇんだ」
「問題ありません」気後れを悟られないよう、安は声を張った。「図面に目を通しておきましたので」
「というと、チクったのは海幕か」デカい筋肉に血管が浮き出る。「あの恩知らずめ」
「単刀直入に申します。永倉二十三、アマトの発進計画を白紙に戻しなさい。この緊迫した国際情勢において、自衛隊の管理下にない武装した原子力艦が外海に出るなど狂気の沙汰」
正論中の正論、至極真っ当な弁であった。故に、快感が安の心身を支配する。国会において、外交において、選挙において、ここまで真っすぐな言葉を発する機会などありはしない。国会はショー、外交もショー、選挙は特にショー、オールショータイム、それに準じ続けた数十年。支持者も関係ない、大企業も関係ない、大国も関係ない、誰の顔色も見ない真っすぐ。快感に支配されるのも無理はないじゃないか。
「総理が、善がった」私語厳禁のSPが、漏らした。「鉄で出来ている訳ではなかったんだ」
真の正論に対する反論は、嘲りか虚言、この二つしか存在しない。前者は惨めな敗北を体現し、後者は後の世に断罪される。どちらも失策であると、理解できている人間がどれだけ居るだろう? おそらく、多くはない。このネット時代にあっては、多いわけがない。だからこそ、「ヤるかい?」と言い、グラスにウォッカを注いだ永倉は稀有な存在なのであった。
煙に巻かれ、そんなことはヤるのもヤられるのも慣れっこなのに、快感に差された水が酷く染みて、安は憤った。
「あなたと杯を交わすために参ったのではありません!」
「それなら、素面で聞いてくれ」グラス一杯に注いだアルコール度数96度のデンジャラスを、一口で飲みほす。「俺の昔話を」
「そんな時間はございません!」
「聞けぃ!」
政治家であるならば、十中八九、口から先に生まれてくる。安も例に漏れず、口から先に生まれてきた。言い負かされたことなど無い、プライド。それが今、粉々に打ち砕かれた。理もない、論もない、弁もない、力押しの一喝に言葉を失った、屈辱。握りこぶしが力んで、手の平から血が滴った。
「あれは1965年、俺が17歳のときだ」アルコール度数96度のデンジャラスをラッパ飲みしながら、続ける。「俺は捕鯨船アマトで捕鯨砲手を務めていた。捕鯨船アマトの船長は、捕鯨オリンピック金メダリスト鬼河内瓦源左衛門貞保(おにこうちがわら げんざえもんさだやす)、血の繋がりはないが、親子盃を交わした俺のファーザーだ。他の乗組員も全員、兄弟盃を交わしたブラザー。俺たちはファミリーだった。忘れもしない、2月6日、俺たちは活きの良いイワシクジラを追ってドレーク海峡に突入した。ドレーク海峡は俺たちの庭みたいなものだったから、そのヤバさは嫌というほど知っていて、しかしその日は、あり得ねぇ話だが、信じられねぇ話だが、凪だった。同じ歳の山村(やまむら)が言ったよ、不気味だ、ってね。そうして、そのすぐ後さ、奴が姿を現したのは。シロナガスクジラ、なんて可愛いもんじゃねぇ、なんせ体長が118.5メートルもあったんだからよ。目視だが、確かだ。海の漢の目視だ、確かだ。俺はすぐさま捕鯨砲を撃ち込んでやった。しかし、ノーダメージ。1965年当時の捕鯨砲なんだから、当然さ。体長118.5メートルの鯨を想定した物じゃないんだから、当然さ。後はもう一瞬のことで、牛が尾でハエをはたき殺すみたいに、奴が振った尾は捕鯨船アマトを破壊した。俺を除く、乗組員99人の命とともに。幸運中の幸運で死を免れた俺は、流れ着いたフォークランド諸島で一年間の療養を受けた後、奴への復讐心だけを持って、日本に帰国した。俺はリアリストでね、復讐を果たすためには金が要るということを理解していた。だから、俺はまず、広島のちょっとした造船会社に就職したのさ。そこの社長は、さっき話した山村の実父でね、たった一人の跡取りを失っちまって失意のどん底にいた社長は、息子のブラザーである俺を実子のように可愛がってくれたよ。そうして、社長が亡くなった1969年、俺は会社を引き継ぎ、山村造船を永倉重工業と改めた。後は総理、お前さんもよく知るところさ。プラザ合意まで船舶を輸出しまくり、円高が進行してからは海自と癒着し、2010年代は経団連会長の立場から時の政府に円安政策を行わせた・・・・・・そうして十分な内部留保を確保し、コロナ禍のどさくさに紛れ、ついに俺は、アマトの造船に着手したのだ! まずは伊勢志摩国立公園を全て私有地とし、購入! 次に神路ダムの改修工事と偽って神路湖周辺を立ち入り禁止区域とし、同時に神路川の河道拡幅にも着手! 後は、山村造船の時代から培ってきた造船技術の全てを費やし、5年の歳月を経て、アマトは、捕鯨船アマトは、捕鯨戦艦アマトとして蘇ったのだ! イーロンの小僧もびっくりな額の内部留保、その全てが、材料費の高騰やら政治屋への賄賂やらで消え去って、しかし、間に合った! 史上最強の捕鯨戦艦は完成したのだ! 総理! 俺は、アマトは、今日、発進するぞ! ファーザーとブラザーたちの仇、あのドレーク海峡の悪魔を捕鯨するのだ!」
「私情ではないか!」安は心の底から叫んだ。「100パーセント私情ではないか! それで一国の立場を危うくする奴があるかよ!」
「俺は、アマトは、止められねぇ! アメリカにも、中国にも、誰にも止められねぇ! アマトは、俺は、必ず復讐を果たす!」
会話が成立する状態ではないことを、安は理解した。同時に、酒に酔っている訳ではないことも理解する。
『こいつは正真正銘、狂っている!』
そう判断してからが早かった。安は永倉から距離を取った。
「SP! こいつを、永倉二十三を射殺しなさい!」
疑う余地のない、ダイレクトな総理大臣命令であった。それに従う訓練は受けている。それに従う覚悟も出来ている。しかし、SPは二人そろって、銃を抜かなかった。
「総理、御免!」
言うや否や、SPの一人が安の首筋を手刀で打った。アニメやドラマでよく見るやつだ。安は、気を失った・・・・・・首筋を手刀で打たれたくらいで気絶しないだろう、などと言ってはいけない。それは恥知らずな言である。こちとら手刀による気絶がファンタジーであることなど百も承知。その上で、穏便に気を失ってもらったのだ。まさか、女性をヘッドロックで落とす訳にもいかないだろう。これは女性差別ではない、道徳であり倫理である。安は、気を失った。
「私たちの仕事は、総理をお守りすることです」安を担ぎながら、言う。「あなたを止めたりはしない。ですから、どうか、このまま立ち去ることを許していただきたい」
「賢明な判断、良いSPだ」空になったボトルを放り投げながら、言う。「急ぎな。40秒後に発進だ」
言われてすぐ、艦長室を飛び出した。エレベーターなんぞを悠長に待つ余裕はない、階段を猛スピードで駆け降りる。そうして、ボーイングまでの直線距離100メートルの地点へ。既に呼吸は激しく乱れている。それでも、足を止めない。蒸気霧に濡れる甲板を、転倒のリスク覚悟で全力ダッシュ。
「兄ちゃんたち! そのお姉ちゃんを置いていってくれよ!」葉っぱをくわえている乗組員が、言った。「熟女に目がないんだ、俺は!」
「無礼者!」激怒しながらも、足を止めない。「総理は既婚者ぞ!」
乗組員たちの笑い声が、朝まだきの清涼を汚した。
屈辱であった。今すぐに、乗組員たちを射殺したかった。しかし、それは自分たちの死をも意味する。自分と相棒だけなら、それもいい。しかし、今は総理がいるのだ。優先されるべきは自分たちの感情ではなく、総理の命なのだ。唇を、噛む。潤っているのに、出血した。その英断の果てに、10秒の壁を破り、ボーイングに飛び乗って、フライングハイ、二人は無事、安を死地から脱出させた。
「アマトに集った99人の命知らずども!」
ボーイングが離陸した、そのジェット音が遠ざからぬうちに、永倉の声が轟いた。スピーカーを通していない、生声だ。それは、ジェット音よりもはっきりと聞こえた。
甲板に居た乗組員たちは一斉にパコダマストを見上げた。その天辺に、永倉は立っていた。
「これより、アマトはドレーク海峡を目指す! この航海が如何なるものか、それは神のみぞ知るだが、一つだけ、人間にも分かることがある! それは、この航海が片道切符である、ということだ! 行けば最後、生きて陸に戻ることはない! その上で、頼む! お前らの命、俺にくれ!」
「頭を上げてくれ、ファーザー!」叫んだ男が放り投げたカードの手は、ハートのフラッシュだった。「親子盃を交わした日から、俺たちの命はあんたのものだ!」
賛同する声が幾つも続き、鬼の目にも涙、永倉の目尻に光が差した。
「アマト!」暁を指さし、永倉は叫んだ。「発進!」
その言霊に呼応するように、アームレスラーの上腕みたいに極太なタービンがうなりを上げ、続いて、山本昌投手の決め球みたいに鋭利なスクリューが水を切った。
「原子力は全開じゃ!」機関室にて、機関長が叫んだ。「既にフルスロットルじゃ!」
機関長の言う通りだった。初速からマックススピードの40ノットで、アマトは進んだ。
神路湖から豪快にダイブして、神路川に着水。川幅が増しているためデカい艦がすんなり通り、的矢湾に向かってぐんぐん進む。
円滑すぎるほど円滑なスタートダッシュに、艦長室へと戻った永倉は大いなる満足を髭面に湛えた。ボトルを開ける。純米酒だ。そいつを盃に注いで、掲げる。
不意に、電力不要電話が鳴った。漢は無線なんか信じねぇ、だからこいつは有線だ。盃をそっと置き、永倉は受話器を取った。
「こちらカラスの巣! ファーザー、不味い状況だ!」
「どうしたぃ?」
「進行方向に167号の道路橋がある! 明らかに桁下高が足りない! このまま進めば艦橋がぶち当たる!」
「国交省め、ちょんぼしやがった」
「ファーザー、停止の指示を!」
「いや、止まらねぇ!」純米酒をあおる。「このまま全速前進だ!」
神路川から舞い上がる霧が、アルトを濡らした。路肩で、エンジンは止まっている。しかし、車体は不規則に揺れていた。
暖房の余熱は過去のもので、冬暁は無情だけれど、裸の触れ合った部分だけはぬくぬく、ぬくぬく、尊い熱源だった。
二人は地元の大学生だった。男は女が初めての相手で、女は男が三人目の相手。男は初めてを偽っていたけれど、女は嘘に勘付いていて、それは今、確信となっていた。
女は推しの俳優を夢想した。そうして男は何も考えていなかった。
「ねえ、何か音がしない」その声は当然、茶番を切り上げたいが為だけに発せられたものだった。「人が来たのかも」
「人なんか居るわけないよ」獣みたいな呼吸を微かな理性で人語に変える。「東京じゃあるまいし」
サークルの二次会なんかに行かなければよかったのだと、ルームミラーに映る弱々しい背中を見やりながら、思う。二次会まで参加しておいて一滴も酒を飲まなかった男を警戒すればよかったのだと、薄れたマニキュアに視線を移しながら、思う。真面目な男だということは知っていた。同時に、それだけの男だということも知っていた。元カレへの当てつけがあったかもしれない、と今更になって気が付く。
『あいつが、すぐに新しい女なんて作るから・・・・・・そんな酒も飲めない女を連れて二次会にまで参加するから・・・・・・』
いつしか、夢想していた推しの俳優が元カレに差し替わっていた。イケメンなんて芸能畑にしか存在しない。よって、元カレも非イケメンだ。それでも、不細工がスタンダードな一般人畑の中にあっては見れる顔。身長も175センチメートルの最低ラインは超えていた。平凡な大学に通う平凡な男だから、将来を考えるような相手ではなかったけれど、学生の間は、元カレと付き合っていればある程度のステータスは保てた。今、改めて、馬鹿みたいに腰を振っている男の顔を見てみる。大分ランクが下がったな、とため息が漏れる。身長も170センチメートル以下だ。将来性の低さは元カレと同程度。さっきよりも大きなため息が漏れた。
「気持ちいいの?」
『喘ぎじゃねぇ、ため息だよ、猿野郎』女は頭を振った。『それにしても、長いな、こいつ。初めてのくせに』
酔ってはいたけれど、ゴムの装着だけはしっかり目視した。それでも、行為が長引けば不安になってくるもの。好きでもない男の精子だから敬遠している訳ではない。学生の立場だから敬遠している訳でもない。性病を恐れている訳でもない。世帯収入が1000万円を超えない限り精子は受け付けない、それが女のポリシーだった。不安が強まって、男の男に触れてみる。ゴムの感触があって、不安は弱まった。
「気持ちいいよ」
男の気持ち悪い声で、完全にうんざりした。一刻も早く終わることだけを、願う。そうして、無作為にリアドアガラスで踊った指は、さびしい、という文字だけを浮き彫りにした。その刹那であった。轟音が女の耳に届いたのは。
「ねえ、何か音がしない?」
「音なんかするわけないよ。東京じゃあるまいし」
轟音が、どんどん強まってくる。それに比例して、車体の揺れも強まる。
「ねえ、何かヤバいよ!?」
「ヤバいわけないよ。東京じゃあるまいし」
結露の隙間に目を向ける。そうして女は、迫りくる戦艦を視認した。
「テロ!?」
「テロなんかないよ。東京じゃあるまいし」
「退け、猿野郎! 死んじまうだろうがぁ!」
「死んじゃう? 気持ちいいの?」
後には衝撃があった。軽自動車なんか軽々とひっくり返るほどの衝撃だ。後10メートル道路橋の中程に駐車していたならば神路川の藻屑と化していた、危機一髪。
戦艦は、アマトは、道路橋を切断し、しかし微塵も速度を落とさず、神路川を下っていった。
上下逆さまになった車内で、男はようやく、果てた。果てて、取り戻した理性で、ようやく女の顔を見る。女は、白目をむき、泡まで吹いて、失神していた。
「そんなに気持ちよかったの?」生まれて初めて、男は自信を持てた。「俺、上手いんだ」
恐るべきはアマトの頑丈さであった。艦橋が道路橋に衝突したというのに、あまつさえ切断までしたというのに、艦体のどこにも、艦橋にさえ損傷は皆無なのだから。国道の道路橋といえばコンクリートの化け物である。そんな化け物に40ノットで衝突して無傷、そんなアンビリーバブルが実現した理由は、アマトの材質にあった。そう、アマトは艦体の全て、ネジの一本に至るまで、ヤマトリウム合金で出来ているのだ。タングステンベースであるこの合金は、元々優れている硬度などを更に高めつつ、靱性を改善し軽量化も果たしたファンタジーなアイテムである。これにより、アマトは無敵のボディを有するのだ。
下って、下って、下って、神路川は野川に合流した。その頃にはもう、アマトの存在は近隣住民の知るところとなっていた。いや、近隣住民どころの話ではない。なにせ人類総メディア時代である。川を下るアマトの映像は既に世界の知るところとなっていた。
的矢湾は、近い。それすなわち、リアス海岸に突入したことを意味する。伊達に神路川を下ってきていないアマト、その機動性はタグボートと見紛うほどだが、だからといってデカい艦であることに変わりはない。リアス海岸突破を試みるなど、無謀。けれども、忘れてはいけない。アマトはヤマトリウム合金で出来ている。だから、ほら、まるで氷海を進む砕氷船、暗礁やら岬やらを砕きながらアマトは進むのであった。
渡鹿野島を砕いた、ちょうどその時、電力不要電話が鳴り、永倉は受話器を取った。
「こちら船務課。ファーザー、応答願います」
「どうしたぃ?」
「永倉重工業の練馬鵺(ねりま ぬえ)という人物から衛星通信がありました。ファーザーと話しがしたいとのことです」
「繋げぃ」
その命令は、0.3秒で完遂された。
「俺だ、永倉だ」
「社長。副社長の練馬でございます」
「どうしたぃ?」
「この練馬鵺、永倉重工業に勤めて半世紀、唯の一度も、唯の一度も、社長に意見をしたことはございません。しかし、今日、初めて意見をさせていただきます」
「どうしたぃ?」
「社長! 今すぐアマトを停止してください! 今ならまだ全てを無かったことに出来ます!」
「お前にチクったのも、海幕か。あの恩知らずめ」
「社長! ご英断を!」
「練馬、お前、入社して何年になる?」
「半世紀でございます」さっき言ったばっかりだろ! とキレそうになるも、そこは儒教に従順な企業戦士、目上に対しては果てしなく下手に出る。「1975年、新卒で、総合職として、社長にお仕えいたしました」
「それなら、俺のことはよく分かっているだろう」デカい葉巻をくわえ、火をつける。「初志貫徹だ、俺は」
「存じております」交渉は常に二段構え、そのキャリアに裏付けされた手腕が、練馬の冷静を保った。「ですから、既に手を打たせていただきました」
旭日と安乗埼灯台が、的矢湾を封鎖する艦隊を照らした。それは、アマトの艦長室から目視できるほど大規模だった。
「なんだい、ありゃあ」葉巻の灰が落ちて、机の天板が白ずんだ。「ありゃあ、なんだい」
「反捕鯨団体でございます」
マクシム・ロベピエはフォロワー数1000万人を超えるインスタグラマーである。そんな彼が10年前まで無名の俳優であったことは、さほど知られていない。
「始まりは、ここ、ジパングさ」安乗埼灯台を見やりながら、マクシムは言った。「カメラを回して、イルカの追い込み漁に突撃したのさ。殴り合いの乱闘になって、鼻の骨を折ったけど、バズった。それが転機になった。治療のついでに鼻も高くしたしね」
的矢湾を封鎖する艦体、その旗艦であるギロチンランドは排水量8850トンを誇る装甲艦である。
「そこから、マクシム伝説が始まったんすね!」月並みなおべっかを言ったのは、フォロワー数100万人超えのインスタグラマー、サム・チェストだ。「やっぱパネェっす、マクシムさんは!」
気を良くして、マクシムはロマネ・コンティの栓を抜いた。2015年、当たり年のやつだ。海陸風がヴァーヌ・ロマネの神々しい香りを太平洋に流した。
「10年前っていうと、既存の反捕鯨団体の活動が陰りを見せ始めたころだったからね。反捕鯨のニューホープとして、俺はあっという間にスターダムを駆け上がった。最初の突撃から一月経った頃には、21人だったフォロワーが80万人になったよ。まさに黄金の国ジパングさ」
「ジャパンドリームを掴んだんっすね! やっぱパネェっす、マクシムさんは!」
一際強い風が吹いて、グラスが倒れた。テーブルクロスがブドウ色に染まって、しかしマクシムは朗らかに笑った。寛大だから笑ったのではない、馬鹿みたいに金を持っているから笑えたのだ。
「イルカの追い込み漁への突撃を繰り返し、知名度とともに財力が増してからは調査捕鯨船への突撃も敢行した。おかげでジパングからテロリスト認定されたけど、バズった。そこからは既存の反捕鯨団体やら政治家やらも俺を無視できなくなって、俺は増々、パワーを得た」
「世界最強の反捕鯨団体ヒューマンデストロイヤーズから艦隊を任せられるほどの大物に成り上がったんすよね! やっぱパネェっす、マクシムさんは! そんなマクシムさんとコラボできて、俺、マジ感動っす!」
「僕たちはジパング文化へのヘイトを飯の種にする同志じゃないか。コラボは必然さ」
「俺は、ジャパン文化へのヘイトを飯の種にしてるっすけど・・・・・・」サムは、ジャパニメーションのキャラクターを黒人化する活動でフォロワーを得ていた。「でも、マクシムさんは鯨とかのために活動しているんじゃないんすか?」
「イルカも鯨も、マグロとの見分けすらつかないよ」朗らかな笑いに邪悪が差した。「所詮、畜生さ、動物なんて。いいかい、サム君。地球の生態ピラミッドは三つの層で出来ているんだ。上の層は、僕たちのような大物インフルエンサー。真ん中の層は、僕たちのような大物インフルエンサーの養分になる馬鹿な一般人。そうして、下の層が、畜生さ。どうして、上の層が下の層のために骨を折らなければならないんだい? 僕は下の層の奴らを利用するだけ。それが自然の摂理なんだから」
「光栄っす! マクシムさんと同じで、俺、光栄っす! 俺も、黒人なんかのためにブラックトーバーしてないし! 俺、白人だし!」
「そういう訳で、反捕鯨も潮時、現場に出るのも今日で最後さ。利用価値がなくなってきたからね、畜生は。下火だもの、保護系ビジネス」
「ブラックトーバーも下火っす!」
「トレンドに乗っかるのが、僕たちインフルエンサーの生き様」注ぎ直したグラスのステムを持ち、サムに向けてリムを傾ける。「今は中国で反日ムーブがトレンドさ。だからこそ、日夜ジパングのネット民と舌戦を繰り広げている君とコンタクトを取ったんだ。どうだい、サム君。僕と一緒に中国で天下を取るっていうのは?」
「もちろん、乗るっすよ! ブラックトーバーも下火っすから!」マクシムのグラスに、サムは自身のグラスを軽く当てた。「目指せフォロワー14億っす!」
「乾杯。僕たちの成功と、僕の最後の反捕鯨活動がすんなり終わることを願って。まあ、腰抜けのジパング人が相手だから、少し脅かしてやればそれで終わりだろうけれど」
「マクシム艦長!」ギロチンランドの乗組員が、言った。「タレコミのあった艦が来ました!」
「スタッフ! 撮影、ダコール!?」
「ダコール!」マクシムの専属撮影班が、言った。「ムッシュマクシム!」
ワイングラスを海に放り投げ、小さく見えるアマトを背景にして立ち、マクシムは険しい面持ちをカメラに向けた。それが撮影開始の合図だった。
「罪なき鯨を愛する世界中の皆さん、マクシム・ロベピエです。僕は今、ジパングにある的矢湾という海上に居ます。それというのも、邪悪なジパング人が性懲りもなく捕鯨を行うという情報を得たからです。皆さんもご存じの通り、鯨はホモサピエンスよりも優れた知能を有する絶滅危惧種です。そんな人類の友人も同然である鯨を虐げるなど、蛮行に他ならない。僕、マクシム・ロベピエは、この蛮行に断固として立ち向かいます。正義のために、地球のために、そして何より、かわいそうな鯨のために。僕たちは、既に的矢湾を封鎖しています。だからこそ、宣言する。邪悪なジパング人が捕鯨を断念し帰港しない限り我々は封鎖を解かない。ご覧の通り、捕鯨船は我々の艦隊に接近してきています。このままでは衝突するかもしれない。しかし、僕たちは逃げない。武力に訴えてでも、蛮行を阻止します」
このマクシムの配信を、既に100万人が視聴していた。
「反捕鯨団体でございます」大事なことだから、練馬は2回言った。「入社したてのころフランスで市場開拓をした際に築いたコネクション、それを利用させていただきました」
「ご苦労なことだ」葉巻を灰皿にそっと置く。「連中も、お前も」
「社長! 自覚を持ってください! 永倉重工業グループ全従業員10万人、およびその家族たちの人生を背負っている自覚を! あなたがこのままアマトを外海に出したならば、彼らは路頭に迷うことになる!」
「内部留保がすっからかんなことは知っているのだろう、練馬。この十数年、円安のぬるま湯に浸かって研究開発を怠ってきた永倉重工業だ。頼みの綱の内部留保もなくなったとあっては、アマトのスキャンダルに関係なく、死あるのみ」
「問題ございません!」これ以上ないってくらい、練馬の語気は強まった。「円安は永遠に続きます! また幾らでも内部留保できる!」
「そんな死に体の組織に縋りつくのか、練馬・・・・・・哀れだな」
「哀れだと・・・・・・哀れと抜かすか!」哀れまれる屈辱が、練馬を儒教から解放した。「この野郎、俺の半世紀を愚弄するか! 永倉重工業は俺の人生の三分の二以上を捧げた組織ぞ! 決して、断じて、身命を賭して、終わらせはしない! 社長、いや、永倉二十三! アマトを帰港させたら直ぐに謝罪会見を開き、退任してもらうぞ!」
「そうして、後釜はお前か」
「俺以外に誰がいる!? 永倉重工業グループ全従業員10万人、およびその家族たちの人生を背負える人間が、俺以外に誰がいる!」
「練馬、お前、入社して何年になる?」
「半世紀って、何回も言ってるだろうが! 耳糞にカビが生えてんのか!?」
「それなら、心して聞け。これが、社長からお前への最後の社訓だ・・・・・・資本主義の果てにあるのは地獄のみ!」
言うや否や電力不要電話を切り、艦長室を出て、パコダマストの天辺まで登る。そうして、永倉は腹の底から大声を出した。
「捕鯨砲、発射用意!」
「発射用意って言ったって!」戦闘指揮所にて、若い砲雷士が上擦った声を出した。「標的は!?」
「分かり切っているだろう」砲雷長が、言う。「的矢湾を封鎖している艦隊が、標的だ」
ブローニングM2重機関銃、M61バルカン、RIM-116RAM、RIM-7シースパロー、エトセトラ。強力な兵装、しかしそのどれもが、主砲と比較したならば玩具にすぎない。捕鯨戦艦アマトが主砲、AMATO200捕鯨砲、通称、捕鯨砲。開発者ボマート・オッペケペーハイマーいわく、クリーンな核兵器。そのいわれは、銛の発射に必要な爆発を核分裂反応で起こしているからに他ならない。銛のサイズは、全長36メートル、全幅9メートル、重量1.1トン。もちろん、ヤマトリウム合金製だ。こんなデンジャラスな砲が発射されたならば、国際問題どころでは済まない。国際問題どころでは済まないが、艦長が撃つと決めたら撃つ、独裁国家もびっくりのトップダウンこそ、アマトであった。
船首から銛先が突き出た。デカい薬莢の内部では、既に原子核の分裂が起こっている。
「核分裂反応、80パーセント・・・・・・90・・・・・・100・・・・・・」砲雷長自ら地獄のカウントダウン。「120パーセント! いつでも撃てます!」
永倉は、艦隊を指差し、下っ腹にありったけの力を込めた。
「捕鯨砲、発射!」
核爆発が、銛を押し出した。初速はマッハ20。銛は一瞬で、捕鯨砲の射程1キロメートルぎりぎりの距離にあったギロチンランドにぶち当たった。そうして、跡形もなく消し飛ぶギロチンランド。これは比喩ではない、文字通り跡形もなく消し飛んでいる。銛に仕込んだ火薬が爆発した、訳ではない。通常の捕鯨砲と違い、アマトの捕鯨砲は銛に火薬を仕込んでいない、仕込む必要がないからだ。イマジンしてほしい。世界で最も強固な物体であるヤマトリウム合金、その1.1トン相当が約マッハ20の速度でぶち当たる、衝撃、および衝撃波。それらが火薬の破壊力を凌駕するのは、必然。だから、ほら、ギロチンランドだけでなく艦隊を編成する全ての艦艇が、跡形もなく消し飛んだ。ネジの一本に至るまで、原形を残さないほどに。
海が激しく荒れた。朝日が強まった。ロープが巻き取られ、銛は船首に戻った。そうして、アマトは太平洋に突入した。
捕鯨戦艦アマト はんすけ @hansuke26
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