#3
佐久田家に向かうと、まずまなとの母に狙いを定めた。
外に出てきたタイミングで、吾輩のプリティさ全開で
「ニャー」と鳴き、足元に擦り寄る。
これが、いわゆるお手本のような猫撫で声だ。
吾輩の魅力にハートを撃ち抜かれたまなとの母は、
「可愛いー! 綺麗な黒猫ちゃん!
飼い猫かしら。迷子なの?」
と言って、鼻先に指を持ってきた。
(こいつ、知ってるな。猫の扱い方を。
きっと昔、猫を飼っている家で過ごしていたんだろう。
これはイケる!)
「首輪は……ない。耳がギザギザ。地域猫なのね。それにしても綺麗ねぇ。
どう? 家に入る?」
そう言って、まなとのママは玄関のドアを開けた。
吾輩はまなとのママの顔を見上げると、まん丸の目をゆっくり閉じ、スルリと身体を滑り込ませた。
背後から、まなとのママの
「えっ、えっ、えっ?」
という声が聞こえてきたが、入ってしまえばこっちのものだ。
賢い猫だと思われたほうが、恩恵を受けられる。
玄関のたたきで座って、まなとのママが落ち着くのを待った。
「あなた、もしかして人間の言葉がわかるの?」
そう言って、疑わしい視線を向けてくる。
吾輩はその場に丸まり、狸寝入りを決め込む。
(危ない、危ない。やりすぎ注意だ)
ワシっと脇を掴まれ、気が付けば地上150cmの高さに身体がある。
(し、しまった! 失念していた!
猫を飼っていたということは、野良猫を迎え入れる手順がわかっているということ……。
つまり、あの時間がやってくる!)
『Bath time』
「I don’t like baths!」
「I hate taking baths!!」
「ギニャーーーーーッ!!!」
全ての気力を削ぎ落とされ、されるがままドライヤーの風を受けている。
「燃え尽きたぜ……真っ白にな……」
濡れることで、貧弱、もといスマートな線が出てしまった猫の身体も、
風を受けるたびに毛足の長いモフモフさが戻ってきた。
そこへ、
「ただいま」
と、まなとが帰ってきた。
「おかえりなさい。まなと、見てー」
と言ったまなとママの手元を見ると、まなとは固まった。
それも当然だ。自分の憂さ晴らしをしていた「猫」が、目の前に現れたのだから。
しかも、漆黒の黒猫。
彼の目には、『不幸の象徴』と言われる黒猫として映っていることだろう。
「今日ね、玄関のドアを開けたら入ってきたのよ。可愛くてお利口さんな猫なの。
だから、今日から家族になってもらおうと思って。
名前は何にしようかしらね」
と、ご機嫌なまなとママ。
まなとは恐怖で顔を引き攣らせ、階段を音を立てて駆け上がっていった。
バタン――
家の空気が震えるほどのドアの音が響いた。
「? どうしたのかしら。あの子。ペットが欲しいって散々言っていたのに…」
「心配しないでね」
と、吾輩の背中を撫でながらまなとママは言った。
(まなとに近づかなければ、詳細はわからない……。
なんとか気に入られなければ……)
吾輩は「ゴロ、ゴロ、ゴロ…」と喉を鳴らしながらお腹を出し、片手を招きみたいに曲げてみた。
「キャー、可愛すぎるー!」
まなとママを、無事手中に収めた。
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