貴方が■んだので。

虹色乃何科

第1話

「素晴らしい!」

 真っ昼間のビル街によく通る声と拍手。

 それらを発するのはスーツ姿に仮面の男。

 彼の前には巨大なモンスターの死体。

 仮面の男が称賛を向けているのは、モンスターを倒したばかりで満身創痍の少年少女三名。

 噎せ返る程の血の匂いに満ちた空間で、仮面の男は唯一露出した口を大きく歪め、あまりにも場に似合わない、飛び抜けていて、そして馬鹿にしたような明るい声で話すのです。

「素晴らしい戦いぶりでございます、皆さん。よぉーく楽しませていただきました。ふふっ」

 これは黒幕の登場シーン。

 少年少女は緊張を顕にします。その反応は当然。彼等は先程まで苦戦を強いられていたのです。

 わたくしの創ったモンスターによってね!

「あーっはっはっはっ! お疲れ様でぇーす! 皆様ボロボロになってしまわれて大変そーう!」

 ええ、ええ、ええ! この悪役! この黒幕こそわたくしでございます! ああもう笑いが止まりません素晴らしくて! 我ながら素晴らしい舞台! 素晴らしい演出ではないでしょうか!

「何者だ、お前」

「よくぞ聞いてくださりました!」

 良き質問です! 何故ならわたくし、それを言いに来たのですから!

 背筋を伸ばし、踵を合わせ。そして胸に手を当てる。しっかりと美しいポーズで声を大きく張りましょう。見せ場でございますから!

「お初にお目にかかります、わたくしはギート。『神の死』に伴い生まれた……悪でございます!」

「ギート」

 おや。

 少年がわたくしの名を読んだとき。くい、と袖を引かれる感覚がありました。

 見ればわたくしの可愛い子、【ゆぅ】が控え目に袖を摘んでおります。

 ほぼ同時に遠くの方からサイレンが響いてまいります。

 戦場を遠巻きに見ていた野次馬達も動き出しております。このままではわたくし、捕まってしまうやもしれません。それはいけない。

 目の前の少年少女も、一人がわたくしと話してる隙に魔術を使おうと準備しておりますしね!

「これ以上の長居はできませんねぇ。無粋な横槍をお恨みくださいね!」

 さて脱出方法!

 モンスター改め、魔術生物ならば自由自在でございますから。倒れた魔術生物に手をかざせば素材は充分。それは血液と魔力の混合物となり、わたしの背に翼を象ってくれました。

 これを使って飛翔。

 魔力が揚力となってくださいますので問題なく飛べる。完璧な撤退です。あとは適当な場所に降りて着替えて、観光でもしながら帰りましょう。

「待て! ギート!」

 少年が私を呼び止めました。

「お前の目的は何だ!」

「はて、目的とは」

 答えて差し上げましょう。

「そんなもの、有ると言った覚えはございません」

 あっは! 失望と嫌悪のその顔!

 少年のそんな顔が見れただけでわたくし大満足でございます! ああ楽しい! そうですか貴方、正義感に満ちておられていますか! それは何よりですね!

 物事に行く末があると思ってらっしゃる!

 そんなもの、もう無いのに。

「ご機嫌よう! それではまた、来週」

 『神の死』が起きたのですから、それに伴う規則も死して当然と言えるのです。

 何駅分飛翔したのか忘れましたが。翼の形を変え、服装を変え、降り立った先は観光地のようでした。世間的にも休日である本日。商店街は人の波が生まれておりました。この波に流されるだけで簡単に駅へと辿り着けるでしょう。

 そっと身を潜ませればほら、誰にも見付からない。

 流行りの服に安売りのリュックサック、黒いままのマッシュヘア。仮面のないわたくしはどこにでもいる量産系男子ですからね。

 トゥルル、トゥルル。

 あ、着信。

「はぁーい」

「なあ上杉かみすぎ、ニュース見たか?」

 友人からの連絡でございました。

 画面を見ずに取ってしまったのですが、この聞き馴染んだ声は幼馴染。神田でしょう。

 ではこの口調で。

「アッハ。見てると思うー?」

「無いわ。お前ん家から遠いけどさ、新宿。またモンスター出たって」

「へー、やっばぁ」

「危機感ねーなぁ」

「そ?」

「お前仕事そっち方面だったろ」

「もう辞めてるからへーき」

「え、そうだっけ」

「そうそう。俺無職。暇を楽しんでまーす」

「マジかー。モンスターどんなのか聞こうと思ったのに」

「ふふっ」

 見てないとは言っておりませんけどね。

 なんてことすら言わずに笑っておりましたら。おや。

「こーら、【愉】。そっち行っちゃ駄目ですよー」

 わたくしの可愛い子、【愉】がいつの間にやら駆け出して売店を眺めておりました。

 これは波から出ねばなりません。仕方がない。少し無理をして彼女のいる店まで進みましょうか。

「子供?」

「そんな感じ」

「へえ」

 友人には適当に答えましたが、我が子ではありません。

 彼女の外見はわたくしより幼い。艷やかな黒髪でおさげを作った素朴な高校生。服装に流行りは取り入れられず、けれど妙にきらびやかな装飾な女児のそれ。

 手にはいつもランタン。

 太陽の光を信用できないのです。【神】が死んだのだから。だから常に灯りを手に持っている。そのような子なのです。

 実在しません、幻覚です。

 だから逃走の際に放置しても素知らぬ顔してついてこれるのですねー。

「買い物するから。電話切るなー」

「おー。土産よろしく」

「あははっ、図々し!」

 これにて通話終了。

 【愉】の眺めている店は土産物を扱っているようです。どれどれ? わあどこにでも売ってるただのお饅頭。

 買いましょうか。

 レジに目を向ければ、背に白い翼を生やした天使が店員でした。そして頭に黒い角を生やした悪魔が来客でした。彼等は朗らかに話しておりました。

 これは幻覚ではないのですから世の中意味がわかりませんね。これ現実なんですか。ふふっ。

 この世の中では『神の死』が発生いたしました。

 その結果何が起きたかというと、魔法が使えなくなったそうです。

 元から魔法などと縁のない、現実の人間には大きな影響がありませんでした。しかし魔法とやらを使って生きていた天使と悪魔は『神の死』により重大な危機となったようで。生きる術を求めた天使と悪魔はこの世に姿を表すこととなり、住処を与えた対価として人類には『魔術』が授けられました。

 そして死後の世界や魂の救済など無い、という重大事項の情報交換が行われた結果、各種族は協力し合って、この世を生きることになりました。

 三年前の話です。

「あ、これくださーい」

「お兄ちゃん一人旅?」

「そうでーす」

「良いねぇ」

 土産物のお饅頭を一箱レジに。適当な雑談に答えながら、尻ポケットに入れていた財布から札を二枚。

 お釣りと一緒に個包装の饅頭が手渡されました。

「じゃあこれ一個あげちゃう。ちょうど味見用に出すとこだったの」

「マジすか。らっきー」

 平穏。

 笑顔を作り当たり障りない会話をいたします。わたくしの言葉も風景の一部となります。これはなんとも良き観光地、良き商店街でございますね。人の多さにも関わらず余裕ある対応。素晴らしい。

 今の世の中に慣れてしまわれている。嘆かわしい。

「【愉】、行きますよ」

 買い物を済ませてしまったのでこの店からは出ましょう。そして再び商店街の波に呑まれます。しかし今度は流されるのみではなく、流されながらも周りを見て回りましょう。

 ほら。天使も悪魔も人間も、いきいきと、伸びやかに、生を謳歌していらっしゃる様子です。幸せそうなのです。ある方は店員として、ある方は観光客として、翼や角や何もない人間、全てひとまとめに楽しそうに生きておられます。

 天使と悪魔が異界から現れた。

 言語が通じ、敬意を示し、こちらの文化に迎合する意思を見せた彼ら。戦う選択は、どの国も選びませんでした。

 天国と地獄を掲げた各宗教は瓦解した。

 科学信仰が浸透していた人間には意味のないことです。そうでない人間は彼らの存在を正しさの証拠とし、新たな時代の幕開けと解釈したそうです。

 人口が異常な速度で増加し、土地が足りなくなった。

 魔術を利用し海や空といった土地が使えるようになりましたから、人間の生活圏は維持されています。

 食料や労働機会の不足という懸念。

 天使も悪魔も飲食はごく僅かで済む存在であり、そして彼らの持ち込んだ技術による新たな事業、新たな職業の選択が増えたそうです。既存業種への影響も少ないとのこと。

 つまり世界は変わりました。けれど人間は変わっていないのです。朝起きて、学校や職場に行き、役目をこなし、友人と笑い、帰宅し、眠る。その生活に変わりはない。何も変わらない。

 人間の適応能力はかくも素晴らしいものでございましたか!

 平穏。

 ……目的は何だ、と少年に問われたところでございましたね。

 目的はございませんが、理由、きっかけであれば言いましょう。何も変わらない世の中が憎いのです。

 だからわたくしは世に魔術生物を放つのです。だからわたくしは悪として正義を嘲笑うのです。だからわたくしをどうぞ憎んでください。わたくしは悪い人間です。わたくしを理解できないとお思いください。唾棄ください。皆様とは違う生き物なのだと突き放してください。皆様とは違う非道な『悪人』とご認識ください。理解できなくて構わないのです。貴方がたに理解されたくもない。『神の死』を生き延びてまるで何事もなかったかのように振る舞おうとする、世界にわたくしは理解できない。。『神の死』なんて大したことではないのだと、些末事に貶めようとする人々になど理解はできない!

 次はこの商店街に魔術生物を送ると決めました。

 では滅びる前に楽しみましょう!

 何が良いでしょう! 世に蔓延る『土産物』のなんとまあ代わり映えしないこと! どれもこれも饅頭だのカスタードとカステラの組み合わせだのどの街で買おうと同じではありませんか! これが醍醐味でございますか! そうですね。では目に入ったものを思うままに買いましょう!

 ……帰りの電車代持ってきてたっけ。

 あ、クレカあるわ。電子マネーも使える。じゃあ問題なし。ああこれはこれは、なんと有意義な休日を過ごせるでしょうか!

 吐き気がする。

 あ。酒は買おう、と決めました。

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