「きゃああ！」

「うわああ！」

　ここではないどこかの世界で、人々の悲鳴が響く。

「フシュルル……」

　人ではない異形の存在―人よりも一回り以上体が大きく、角が二本生えた頭、鋭い牙が生えた口、筋骨隆々とした肉体、長く尖った手足の爪を備えている―たちが人々に襲いかかっていた。牙や爪、太い手足を使うだけでなく、棍棒や岩を持った者たちもいた。

「じゅ、呪鬼（じゅき）だ！」

　そう、この異形の者たちは呪鬼と呼ばれていた。どこからやってきたのかは分からない。とにかく破壊と蹂躙を好む種族で、人々のいるところに現れては暴虐の限りを尽くすのであった。

「フシュル……」

「か、囲まれた！」

「も、もう駄目だ！」

　呪鬼の集団に囲まれた人々が絶望の声を上げる。呪鬼たちがゆっくりと包囲を狭めていく。

「フシュ……」

「う、うわあ……！」

「はああ！」

「！」

　今まさに人に噛みつこうとした呪鬼の腹部を剣が貫く。

「ふん！」

　剣の持ち主は剣を呪鬼の体から素早く引き抜く。

「ガハッ！」

　呪鬼が血を吐く。血の色は黒ずんでいる。吐いた血が剣の持ち主にかかるが、すぐに目立たなくなる。何故ならば、持ち主の身に着けている兜や鎧は、全身真っ黒であるからだ。

「あ、あれは……！」

「ま、まさか！？」

「天下に武を布（し）く！　第六天の魔王！　織田信長あらため！　クロキノブナガ！　是非もなし！」

　ノブナガと名乗った男が剣を高らかに掲げる。

「……」

「はっ、怖じ気ついたか、呪鬼ども……！」

「フシュルルル……！」

　ノブナガの出現に面食らった呪鬼たちだったが、すぐさま体勢を立て直し、ノブナガに向かっていく。

「ふむ、向かってくるか……戦場に立つ覚悟は備わっているようだな……よかろう、引き続きこのノブナガが相手をしてやる……！」

　ノブナガは剣を構え直す。

「フシュルルルル……！」

「むっ……刀槍を持った呪鬼が前に出て来たか……」

　ノブナガは冷静に呪鬼の動きを観察している。

「フシュルフシュ……！」

「なるほど、得物を持った相手に対しては得物で挑む……理にかなった判断だ……！」

「フシュシュシュ……」

「ただ……」

「？」

「少しばかり早計だったな……！」

「フシュ……！？」

「ご丁寧に囲んでもらい恐悦至極！」

「フシュル……！？」

「……絶望という闇に落ちよ！　『一斉銃撃』！」

　ノブナガが剣を鞘に納めて、両手を大きく広げる。すると空中に何十丁もの火縄銃が現れ、呪鬼たちに向けて一斉に銃撃する。銃撃を喰らった呪鬼たちは頭部や胸部を撃ち抜かれて霧消する。

「た、助かった……」

　ノブナガが人々の方に向き直って、不敵な笑みを浮かべながら告げる。

「この地の安寧は我ら、『天』の隊が守る！」

「え？　天の隊？」

「ああ、これから頼れる他の隊員たちにも登場してもらう！」

　ノブナガが高らかに声を上げる。南の方向から比較的地味な鎧を身に纏った体格の良い女性が現れる。

「昇る旭こそ至高！　薙ぎ倒すは悪党！　巴あらため！　チャイロノトモエ！　女の修羅場、ここにあり！」

「フシュル！」

　複数の呪鬼がトモエに一斉に襲い掛かる。ノブナガが声を上げる。

「トモエ！」

「はあっ！」

「フシュ！？」

　トモエが薙刀を勢いよく振るう。豪快な一閃で群がる呪鬼たちの首をはねた。首を失った呪鬼たちは立ったまま霧消する。

「ふん、他愛もない……」

　右手に持った薙刀を地面について、左手を腰にあてたトモエが睨みをきかせる。西の方角から烏帽子を被り、比較的暗い色の狩衣を身に纏った男性が現れる。

「授かりしは陰陽の術！　定められしは京洛の守護！　安倍晴明あらため！　ハイイロノセイメイ！　お祓い致します！」

「フシュルル！」

「フシュルルル！」

　二体の呪鬼が前後から同時にセイメイに対して襲いかかろうとする。トモエが声を上げる。

「セイメイ！」

「ふっ……！」

「……」

「破っ！」

「破っ！！」

「フシュウ！？」

「フシュウウ！？」

　セイメイは懐から取り出した形代を使い、自らをもう一人出現させる。二人の晴明が手で空を切って印を結ぶと、衝撃波が発生し、二体の呪鬼を全身ごと吹き飛ばしてみせた。

「『風の術』……ざっとこんなものです」

　セイメイが笑みを浮かべながら首を傾げる。北の方角から桃色で彩った装束を身にまとった女性が現れる。

「自由を謳歌！　喜悦の乱舞！　出雲阿国あらため！　モモイロノオクニ！　今宵も大いに傾きます！」

「フシュルルルル！」

「フシュルルルルル！」

「フシュルルルルルル！」

「フシュル……」

　オクニの周囲に大きな呪鬼がいくつも群がる。セイメイが声を上げる。

「オクニ様！」

「ふふっ……」

　オクニが両手を長く伸ばし、流れるような足さばきを見せる。

「フシュ！？」

「『凌駕乱舞！』」

「フシュウウウ！」

「フシュウウウウ！」

「フシュウウウウウ！」

「フシュウ……」

　オクニが踊りを舞うと、周囲に群がる呪鬼たちの首や胴体が切断される。呪鬼たちは崩れ落ちながら霧消する。

「お粗末さまでした……」

　オクニは舞を止めると、ペコリと一礼をする。東の方角から独特な髷を結った、明るい色の着物姿の細身の男性が現れる。

「思考よりまずは行動！　好奇心で好機を掴む！　平賀源内あらため！　ダイダイゲンナイ！　人は情けの下で立つ！」

「ブシュルルルウ！」

　ゲンナイの前に、大きな斧を持った、他の呪鬼よりひとまわり大きい呪鬼が現れる。オクニが声を上げる。

「ゲンナイはん！」

「まあまあ、そう慌てなさんなって！」

「ブシュルルルウ！？」

　ゲンナイがどこかから取り出した箱から光が放たれる。大きい呪鬼はその光によって腹部を貫かれる。呪鬼は膝をつき、たちまち霧消する。

「『エレキテル改』……電撃のお味はどうでい？」

　ゲンナイがエレキテルと呼んだ箱をかかえながら舌を出す。

「この辺りの呪鬼は我々が一掃した！」

「おおお！」

　ノブナガの言葉に人々は歓声を上げる。ノブナガを中心に五人が集まる。

「お行儀の悪い呪鬼はウチらにお任せ！」

「……」

「いかがされはった？　セイメイ殿？」

「……オクニ殿は出雲出身というわりには、随分と流暢な京ことばをお使いになられるのだと思いましてね？」

「細かいことは言いっこなしどす……というのは冗談で、ウチは役者どすから、これくらいは造作もないことどすえ？」

　オクニの妖艶な笑顔の中で一瞬、鋭い眼光が光った。

「ふむ……これはまたひとつ学びとなりました。ありがとうございます……」

「どういたしまして……」

「ゲンナイよ」

「はい、なんでございましょうか、ノブナガ様？」

「……そのえれきてるとやら……量産することは……」

「出来ます！」

　ゲンナイの即答にノブナガが少し困惑する。

「で、であるか……」

「……但し、こいつがいくらばかりか入用になりますなあ～」

　ゲンナイが笑みを浮かべながら、右手の人差し指と親指で丸を作ってみせる。

「むっ……まあ、それは致し方あるまいな……よかろう」

　ノブナガは苦笑交じりで頷く。

「へへっ、お話が分かる方で助かります～」

　ゲンナイが揉み手をする。

「……くだらんな」

「むっ……」

　ノブナガがトモエに視線を向ける。トモエが薙刀を掲げる。

「武者の端くれならば、まず己の武を磨け……！」

「……使えるものはなんでも使うべきであろう」

「それは卑怯者の考え方だな」

「うぬは愚か者の考え方だな」

「なっ！？」

　トモエが薙刀を持ち直し、切っ先をノブナガの首筋にピタっと付ける。ノブナガは眉ひとつ動かさない。ゲンナイが慌てる。

「ま、まあまあ！　ご両人落ち着いて！　いつものやつやりましょう！」

　五人が横並びになる。

「漆黒の武！　クロキノブナガ！」

「無茶など無い！　チャイロノトモエ！」

「灰色の中庸！　ハイイロノセイメイ！」

「桃色の華麗！　モモイロノオクニ！」

「橙の光を照らす！　ダイダイゲンナイ！」

「我ら五人揃って！」

「「「「「日本史戦隊　テンチジン　天の隊　この地に降臨！」」」」」

　五人が名乗ると、何故か五人の背後に、火薬が爆発して、黒、茶、灰、桃、橙、五色の煙がもくもくと立ち込めた。人々は五人にやんややんやの声援を送る。意味がいまひとつ分からないが、呪鬼を一掃してくれた恩人……いや、英雄たちである。喝采はいくつ送っても足りないくらいだろう。

「では！　さらば！」

　天の隊の五人が堂々とその場を後にするのであった。